飛行機

August 17, 2012

4cmの切れ目入りで来日

前回の投稿から時間が経ってしまいました。12年一緒に住んでるオッサンと、まったく新鮮味のない新婚旅行に行ってきました+その前後のバタバタで、こちらのブログ更新まで手が回らなかったのが実情です。その旅日記は、「は~るばる来たぜ北極圏!てなもんや新婚旅行記」として別ブログ「アムステルダムだより」に書いておりますので、ご興味のある方は、お時間のあるときにご覧ください(。。。というのも、長いんです。スミマセン、長文体質で)。


第一回目の手術(そのグリグリがどんなものかの確認するための、腫瘍部分の摘出)が無事に終わり、自宅に戻ってじっとしようと心がけておりました。同じ手術をしたパポピに、首に負担をかけないように生活するのがめっちゃ大変やったと聞かされていたので、8時間ごとに服用するように言われた錠剤を飲み、薬のせいで喉が渇いて目が覚める以外には、拍子抜けするぐらいの、「ムチウチのために動きが不自然な人」ぐらいの状態で過ごしました。

冬期休暇を早めていたので、自宅でほぼ完了していた日本行きの準備をしたり、普段よりも手をかけて晩ご飯の用意をしたり、暇に任せて窓拭きまでしてしまいました。。。ああ、じっとしていられない貧乏性(笑)。もしかしたら薬も飲み込めないかもしれないと、オッサンに頼んで、わざわざ座薬のパラセタモール(鎮痛剤)まで買ってきてもらってたのに、 ぜっんぜん必要がありませんでした。もしかしたら化膿止めとか、特別な作用が期待された薬かも知れないので、手術があった金曜日から、術後の経過を見るための外科訪問の水曜日まで、もらった薬は一応全部、時間がきたら服用していましたけど。


大好きなお医者さんに会えると思うと、病院に行くのも辛くないよな~とか考えながら、外科医のところに行くと、「ちゃんとくっついてるみたいだね。(縫合の代わりの)テープ、取っていいよ。自分で取る?それとも看護婦呼ぶ?」とのこと。自分ではよく見えないし、うちのオッサンは流血や傷口は一切ダメなので、看護婦さんに剥がしてもらうようにお願いしました。

この日は本当に外科手術の経過を見るだけで、摘出した腫瘍部分の細胞検査が出るまでには最低1週間はかかると聞かされていました。じゃあ、休暇から戻ってから詳しいことが分かるんだな。。。ぐらいの気持ちで、その日は病院に行ったのですが、相変わらずフットワークの軽い、偉そぶらないお医者さんが、「もしかしたら結果出てるかも知れないから、ちょっと見てくる」と、退出しました。私、ポカーンと一人、診察室に残されるの図。

普通、検査結果などは、アシスタントや看護婦が、手配、処理して、病院内ヒエラルヒーの頂点(?)であるお医者さんのもとに、恭しくもたらせられると思っていましたが、この外科医は、指折って日にちを数えて、ダメモトで、検査結果を自ら漁りに行ったのです。「おお、私よりもイラチ(関西弁で、短気な人の意)なんか、この先生~」とか思って待っていると、「Ik heb het! (あったよ!)」と書類を持って戻ってきました。後から推測するところ、この先生は、誰かの手でコンピューターに入力され、私の紙バサミファイルに入れられる前の検査結果を強引にさらってきた模様(笑)。


「検査の結果は。。。(ジッと検査結果を読んで)残念だけど、悪性だよ。そうなると、次は全摘になるっていうのは、前に説明したよね」と、私のほうを見ました。私としては、「内科医は、とっくの昔に血液検査と生体検査で悪性って言うてたがな~」と内心思ってましたが、体の大工さんである彼にしたら最後の最後まで、取り出して調べてみないと誤報である可能性は捨てきれないとでも、考えているのでしょうか。どちらにしても、あっけらかん。しんみりとしてない万年青年なので、私も随分気が楽でした。

「で、キミ、すぐに休暇に行くんだろ。今度の手術のスケジュール、1月はまだ全然予定が入ってないから、いつでもいいよ。いつにする?月曜日と金曜日が手術日だけど、いつがいい?それとも、休暇が終わってから決める?」と、真っ白な彼のポケットサイズのスケジュール帳を開いて、見せてくれました。

1月の第1週にオランダに戻って、溜まってる仕事、および私が病欠中の手配やらなんやらするのに1週間は必要。。。ということで、2回目の甲状腺全摘手術のスケジュールは1月20日に決定。自分で調べて知っていたけれど、全摘手術の5-6週間後に、今度は設備の関係で、アムステルダム内の別な病院にてアイソトープ治療をするという説明も受けました。そして、微量とはいえ服用した放射性ヨードの2次被爆を防ぐために、一定期間、他人との接触が制限されることも。。。

「あのー、今回の発癌がきっかけで、もしものときに面倒臭いからウチの彼と結婚することにしたんですけど、それが3月12日なんです。結婚式までに、一連の治療、終わりますか?」と聞いたら、外科の先生は例のポケット手帳を繰りながら、「あ、それはおめでとう。で、20日に手術するだろー、5週間後にアイソトープ治療して、そのあと2週間は人との接触が制限されるとして。。。うんっ、なんとか間に合うと思うよ」という返事。


もし何かあったら。。。と心配しても仕方がないと思うのは、私が暢気なのか、スケジュールに対する認識がオランダナイズされてしまったのか。そのどちらの影響も強いと思いますが、もし、何らかの事情で手術が延期になったり、その後の経過が思わしくない場合、じゃあ、別なことを先にして、というのが無理な治療なので、全体の予定がずれ込みます。そんな事態が発生したら、その時はその時。心配したり、責任問題をなんちゃらいってる問題ではなく、フレキシブルに、その時点でとれる最善の選択をすればいいことです。最悪の場合は結婚式の延期ですが、それは市役所にキャンセルか延期を申し出たら済む話ですもん。(あ、もちろん、最悪の最悪、手術後に麻酔から目が醒めないとか、日本行きの飛行機が落ちるとか、意地汚く食べ過ぎて絶命するとかいう可能性はありますが、そういうのはこの際無視して。。。)

最後に、「処方されてる薬がまだあるんですけど、元々薬が嫌いであまり飲みたくないんです。飲まなくてもいいのであれば止めたいんですけど」と言ったら、「鎮痛剤だけだから、必要なかったら飲まなくても良いよ」という返事。な~んや、そうなんや~と、その日から服用をストップしました。どうも手術後にしんどかった原因のほとんどは、切った貼ったではなく、麻酔に始まって各種薬の副作用のような気がしてたんです。元来痛みに強いのもあるけれど、どうも鎮痛剤を飲んでも、体の調子がおかしい野生児な私。

「出来たらセンセーに取ってもらいたいんですけど」などと言えるわけもなく、「今、看護婦呼ぶから、テープ取ってもらって。じゃあ、また来年。良い休暇を」と言って手を差し出した外科医と握手して、本日および本年の診察終了。手術跡、4cmの傷口に直角に、隙間なく並べて貼られた5mm 幅のゴワゴワした縫合代わりのテープが、看護婦さんの手で剥がされました。ちゃんとくっついてるけどデコボコ。傷の端っこがまだ凝血してるし、カラーのフランケンシュタイン映画のようでした。傷口にバイキンが入らないようにだと思いますが、しばらくはガーゼを当てておくように言われました。言われなくても、首に巻いたスカーフが引っかかったり、襟がささったりしたら嫌だからガーゼするつもりでいたし、なんせそれよりも、人目に触れたら、みんなギョッとするような我が首。もちろんオッサンは、「ほらほら、こんなんになってるで~」と見せびらかしても、ギューっと目を瞑って絶対に見ようとはしませんでした(笑)。


それまでは、首の辺りがテープでゴワゴワして、急に振り向いたり、上向いたりがしにくかったけれど、今度はテープがないので、モロに傷口が引っ張られてしまいます。ただでさえじっとしていない私なので、なんかの拍子にパカッと傷口が開くことが心配でしたが、そういう事態に陥ることもなく、日本へと旅立ちました。

予想していたよりも術後の回復が早かったので、首に2重のスカーフを巻きつけたムチウチ患者のような不自然な動きで、フランクフルト乗り換えで、関空に到着しました。アムステルダムの空港までは、オッサンに送ってもらい、関空から神戸まではリムジンバスで、そこから明石まではジジの車での移動。馬鹿力なもので、20kg ぐらいのスーツケースなら、首に負担をかけずに腕の力だけで持ち運べるデカ女であることを感謝しながら、乗換え等も含めて1日がかりで来日を果たしました。

IMG_0583
(文字ばっかりでは味気ないということなので。。。アムステルダムの運河に浮かぶ、白鳥の親子連れ。水面に、アムステルダムの街並みが映っているのがわかるかな。)




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woneninams at 23:56|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Clip to Evernote