甲状腺

September 10, 2012

便利だと思ったグッズ3点

急に決まった家の改装工事のため、本日は軽い筋肉痛です。自分でトンテンやったりセメントをこねたりしてるわけではないですが、その手前の作業、これまで物置として使われてきた場所に放置されていたモノモノモノを分別中なんです。そのことは、本日の「アムステルダムだより」にも書きましたが、物置とはいえ、8mx4mぐらいある場所なので、出てくる出てくる「おっ、こんなもの」。午前中も大工さんと打ち合わせ&洋服ダンスの解体作業などして出勤し、ただ今、ちょっとは放心状態から回復しましたが、さしあたって緊急にしないといけないこともなく、さあ~仕事をするぞ~という気力も湧いてこないので、そうだっ甲状腺ブログを書こう!と思った次第です。

古い記憶が蘇ったり、どうしたら良いのか判断に悩むものがあったりして、体の部位というより、普段使っていない脳ミソと神経の筋肉痛だったりして(笑)。喉頭癌で亡くなった初代相方が使っていたものなど、場所があるから捨てずに置いておいたものも、今回は捨てるか残すかをシビアに決めないといけません。子供がいない私には、まだ使えるからという理由でものを置いておくことは、あまり意味を持ちません。だって私が使わない限り、私が死んだときに処分されることになるだけだから。その時に、誰が処置してくれるのかわかりませんが、ソーシャルワーカーや専門のガラクタ引き取り業者の人の手を煩わせるのであれば、たとえ面識のない人でもできるだけ迷惑をかけないようにしたいと思えば、ずっと「どうする?」の判断がつきやすいというか、身の回りに残したい物をぐんと厳選できるようになりましたねえ。さっすが、亀の甲より年の功じゃわい。


さて、首に4 cm の切れ目が入った状態で、日本入りしましたが、日本の冬は何がつらいって、木造の戸建ては家の中が寒いっす!オランダは寒冷地だけあって、二重窓が標準で、分厚い壁にはちゃんと断熱材が入って、室内の熱を逃がしません。だから近代的な設備が整っている家なら、トイレもどの部屋もそこまでシンシンと冷えることがありません。結婚を機に日本に帰ることになった元同僚がしんみりと言ったのを思い出します。「日本の家って、お風呂のとき脱衣所が寒いから、それが悲しい。。。」

バ~バの手料理と手厚い看護の受けて、ゆっくり実家で術後の療養をするつもりが、時差ボケのために2日に1晩爆睡という不規則かつ、寒さに震えるヒキコモリ生活をしておりました。日本に行ったらああしてこうしてなんて計画はなかったのですが、「まーカサの高いヒキコモリちゃん」と妹のパポピに言われるほど、洞穴のクマ状態でした。

後から遅れてオッサンがオランダからやってきたころには、時差ぼけもマシになりましたが、室内の寒さは変わらず、年明け早々風邪を引いてダウン。2日の夜にパポピ一家もやって来ての新年恒例焼肉パーティのときも、私は床についており、うちのオッサンは言葉が通じないまま、お肉と一緒に思いっきりうちの家族に世話を焼かれておりました(笑)。術後の経過が良かったせいもありますが、甲状腺摘出手術よりも、せっかく日本に帰ってきたのにいろいろ食べられへんのんかわいそうっていうのが、とってもうちの家族らしいです。


そんな風邪をひいて朦朧としていた状態のときに、焼肉の匂いに包まれたパポピが、勧められて自分が使っていたマイクロポアというテープを持って、2階で寝ていた私のところに上がってきてくれました。これは、包帯などを固定するために使われる医療用テープのようですが、伸縮しないという特製を活かして、傷口が大きくならないように固定するために使うのだそうです。

医療ではなくどちらかと言えば美容上の利用目的かも。ただでさえじっとしていない首の皮膚ですから、どうしても引っ張られて傷口の幅が広くなるのを最小限に抑えてくれるとのことで、もともと傷が残りやすい体質だし、場所が場所だけに人目に付きやすく、テープ貼るだけでちょっとましになるのであれば、貼っておこうホトトギス。


ワタイが伝授されたテープの使用法は。。。


* 2 cm ぐらいに切ったテープを、端から少しずつ重なるように、傷口に直角に貼る。

* 3ヶ月間、1週間に1度貼り替える。


というものでした。どうして1週間に1回なのか?と訊ねたら、「さあー、そう言われただけで、なんでか知らん」と、素直に人の言うことを聞けるパポピは言っていましたが、好奇心が強くてどこがどうしてどうなってるのかを知りたい私は、なぜ1週間に1回というペースなのか、後日身を持って知ることになりました。

オランダの病院でも、何回かお医者さんや看護士さんたちにテープのことを訊ねましたが、「えー何のことぉ?」という反応だったので、下手にテープ貼ったままで診察に行って、なんか言われたら面倒臭いなあと、貼ってから2日目ぐらいに剥がしたら、傷口ではなく周辺の皮膚がピリピリと痛かったんです。しかもうっすらと赤くなっていました。1週間ごとというのはテープの粘着力の問題ではなく、皮膚がどんどこ作られていって、剥がしても痛くないぐらいになるペースだったことを実感しました。

このテープは、オランダでも薬局で注文して、バラで買うことが出来ました。1個4ユーロなり。1週間毎なので、そこまで消費せずに余りましたが、どうしても動いてしまう所に出来た傷を最小限に抑えるには良いかもです。もちろん、傷が生じないのが一番ですけど。


次に便利だと思ったグッズは、自分の経験から、パポピが私の手術のことを聞いてからすぐに注文してオランダまで送ってくれた。ポンプで空圧を調整し、その時々で高さの調節ができる優れものです。羽毛とか羊毛といった動物性のものにアレルギーを持ってる私なので、何がいいか聞かれたときに迷わずにビーズ入りのものを頼みましたが、さっすがパポピ、私の好きな緑色のカバーを選んでくれました。

幸いなこと(というか首の後ろも肉付きが良いため?)に、普段から枕無しでもテンピュールのマットレスで安定して寝ていたので、手術後も気を使って首が攣りそうになることはなかったですが、常時変わっている手術跡 ~切ったところだけでなく、首周りと負荷のかかる肩から背中~ をサポートするには最適な商品だと思いました。もちろん、シュポシュポするの楽し~。(目的が違う~!)


最後に、以前にも書きましたが、片手で開けられる小型のサーモ水筒(魔法瓶)が便利でした。車を運転しながらでも飲めるから便利、サトピがめっちゃ愛用してるということで、前年にオッサンと色違いで買ったものです。普段座った状態でなら、両手で開けるのも面倒ではないですが、傷口を庇いながらベッドから半身起き上がって温かい飲み物で喉を湿らすのに、片手で操作できるポットの方が断然便利だと思いました。


なんで~?というぐらい、変な病院にかかるリンクが今回も重なってしまった甲状腺疾患シスターズ。その時に、それでも隙あればボケをかまして労わりつつ、できることを精一杯やっていくしかないのでありました。

それに、「残念ながら、ここからラムネは飛び出しませんので悪しからず」というペッツ姉妹というネタが増えて、これは使える~と喜んでるのは、関西人の血なのでありましょうか?



IMG_0610
この夏撮った、アムステルダム市内の花市場の様子。毎週月曜日に立つ市場です。


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July 11, 2012

目覚めたら大部屋

前回の更新から、間が空いてしまいました。もう一つのブログ、アムステルダムだよりのほうで書いているように、毎日ドタバタやっているのでご心配なく。ホルモン剤の副作用に苦しむこともなく、あまり以前と変わらぬ生活をしております。変化があったとすれば、もうちょっと頑張ればできることを、意識的に止めることにした。。。ということでしょうか。なので、このブログもゆっくりと、書けるタイミングで、書きたいことをアップしていくことにしました。

そして、本日、このブログにお役立ちリンク第一号を貼り付けさせていただきました。神戸でがんばる社長さん、永峰麻紀さんがされてる「おみまい便」です。このおみまい便サイトにも、看病のプロでもある麻紀さんが書かれた、ためになる読み物がいろいろありますが、彼女のブログ「病気とともにある人生に Happy を!」も、ぜひお読みください。病気に勝つ、負けるはないと思います。生命体である限り、いつかは消える命です。もうアカン、だめだと思って、すべてを諦めてしまった状態が、負けたことになるのではないかなと思います。お医者さんや周りの人が、もうダメだとか、可哀相とか思っても、怪我や病気でベッドに縛り付けられても、自分が自分らしく生きようとしている間は、自分の人生を生きているのだと考えます。それよりも、死んでないだけの人が、この世の中になんと多いことか。。。だから私はアムステルダムから、ブログを発信し続けているのでありました。


さて、これまでにも、全身麻酔の経験があるので、それ自体はビビッておらず、逆に、麻酔が醒めかけときに変な夢を見たりするので、今度は何かな~とちょっと期待してたりして(笑)。今回は、別にこれといって変な夢を見ることもなく、英語そのまんまで Recovery (リカバリー)とも呼ばれる、Uitslaapkamer (覚醒室。Uitslapen は、十分に睡眠を取るの意)で目が覚めました。どんなところかというと、ベッドが大人サイズの新生児室というか、野戦病院というか、何部屋分もぶち抜いた大きな部屋にベッドが並んでいるところであります。病室から手術室まで運ばれたゴマ付きの自分のベッドの上で、なんとなく目が覚めていきます。麻酔や鎮痛剤のお陰で痛みも無く現実に引き戻されましたが、相変わらずド近眼のままには変わりはありません。壁にかかっているらしき時計も時間までは判読できないし、麻酔の名残りではなく、視線が定まらずに挙動不審な私。心配していた声の変調もなく、看護婦さんに「目が悪くて、あなたがどちらに向いているのかも分からないのよ~」と言ってびっくりされたりしながら、熱や脈拍、血圧などを測られ、病室に戻れるようになるまでを過ごすわけです。

隣の患者さんとも、一応カーテンで仕切られてはいますが、あっちこっちで計器がピーピー、ゴボゴボいってたり、他の患者さんが呻いていたりしています。それが観察できるようぐらいになったら麻酔も切れたということなので、他人が気になり始めたぐらいで、さっさと自分の病室に戻されます。だから、この部屋は出入りも激しく、ワサワサした感じがしましたよ。


自分の部屋(といっても数時間前に初めて通されたとこですけど)にベッドごと戻され、担当の看護婦さんに言われたのが、「絶食してずっと胃の中にモノが入ってないので、気分が悪くなることがあります。何か食べないといけませんが、何が良いですか?」。何がって、何があるのんと思って聞いたら、Boterham (薄切りパン)か Beschuit (オランダのラスク)から選べるらしい。そんなん要らんわ~って思っても、ここはオランダですので、お粥とか出てきません。なのでパンをお願いしたら、白いパンか全粒粉かと聞かれ、それからジャム、ハム、チーズのどれが良い?バターは要る?という、これまたオランダ人の典型的な朝食とランチみたいな献立の選択を迫られました。なので、紅茶と全粒粉の薄切りパン、透けるように薄く切った個別包装のチーズといういかにもオランダの病院食っていう感じのものを、ベッドのリクライニングを起こして、もそもそとちょっとずつ食べました。オランダで手術や入院する人にここでアドバイスです。自分の生年月日とともに、もともと選択肢は少ないとはいえ、パンかラスク、付け合せるものは何にするか、あらかじめ心の準備をしておいた方がいいと思います。なんせ麻酔がちょっと残ってるので、自分ではちゃんと喋っているつもりでも、頭と口がよくまわっていなかったりします(笑)。


「おお、ちゃんとごはんが食べられるやん!(パンやけど)」などと、パンをもそもそ飲み込みつつ自分の頭の中で突っ込みながら、心配している(はずの)オッサンに電話をかけました。自分用のベッドの横にキャビネットがあり、そこに患者用の固定電話があるのです。市内だけなのか、国内は大丈夫なのか分かりませんが、患者がお迎えの人を呼んだりできるように、無料で使うことができます。「手術終わったで~。まだ生きてるで~」というだけでなく、ピピポ姉のオフィスにも電話連絡を入れるように、オッサンにお願いしました。

日本とは時差だけでなく、うちの家族とオッサンには言葉の壁もあります。身振り手振りと愛嬌だけでは、電話での伝達は無理(笑)。なので、手術をすることを伝えていた妹のパポピと、何人か日本人に向けて、手術が済んだというメッセージをメールで入れてもらうよう、ピピポ姉に事前に お願いしていたのです。「手術をするのは医者なので、遠くにいても近くにいても何もできないのは一緒やん」と思う私は冷血な例外のようで、どうもみなさん心配されてたらしく、この手術終了のメッセージは、「やっぱり気になってたから、メールもらってほっとした」、「ありがたかった」とのことです。電子翻訳飛脚になってもらったピピポ姉に、またしても感謝。


熱もないことだし、自分で着替えたりお手洗いにも行けるので、予定通りその日のうちに家に帰ることになりました。ところが、帰り道に何かがあったら困るので、一人では帰らせてもらえません。オッサンが終業時間きっかりに来ることになっていたのですが、なんかでずれ込んだようで、18時半ぐらいになっても現れません。一人で帰ると言っても許されず、結局私のために残業させることになってしまった、着替え終わった看護婦さんと一緒に、ロビーまで歩いていったところで、やっとうちのオッサンが現れ、彼の運転する車で家に戻りました。お迎えが来ないと帰れないって、ちょっと託児所の子供の気分でした。


帰宅後は、麻酔で眠っていたせいもあり、昼夜がよくわからなくなっていた感じだけれど、早めに就寝することにしました。結構ケロッとしていたのですが、手術したてホヤホヤの病人ですから、一応(?)大事を取ってみました。一応って。。。



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June 23, 2012

グリグリ摘出手術<その1>

「医は仁術」であるならば、患者は「忍術」をうまく使いこなせれば楽になります。火遁(かとん)、水遁(すいとん)の術とか、マキビシが扱える方ではなく、うまく自分の忍耐を扱う術です。お医者さんとアポを取るだけでなく、病院や検査機関に行っても、予約時間通りになるのは稀で、順番がまわってくるまで待たされます。しかも、(表面的には)一生懸命しているようにセカセカと動いてくれる日本人ではないので、そういう待遇が当然だと思っている人なら、オランダの病院で勤務している人たちが、とっても暢気に見えてイライラすることでしょう。(大きな声では言えませんが、日本人に限らず、「待たされてる間に死んだらどうする!」とヒステリックに叫ぶ人ほど、たいてい大したことないんですけどね。)

もちろん、健康上の不安があれば気も滅入りますが、治療関係でも結構落ち着いていろんなことを受け止められたのは、甲状腺乳頭癌の進行は遅いとされていることを知っていたこととともに、私には逆の立場から見ようとする思考のクセがついているからかも知れません。 お医者さんも、看護師さんも、どこかの実験室みたいなとこで私の血液や腫瘍を検査をしてくれた人たちも、みんな私のために一生懸命してくれてると思えたら、不要なイライラを撒き散らして、自分と周りを余計に不幸な状態にすることもなくなります。自分がどうして欲しいのかと伝えることと、自分が思うように扱ってもらえない不満を相手にぶつけることは、全く違うことですもん。

もし、異国で治療を受けられることがあれば、通訳できる人が必要でも必要でなくとも、自分が何を必要であるかをしっかりと見極め、症状と具体的な要望を、簡潔に医療従事者に伝えよう、と意識して考えてくださいね。「こちらの気持ちになって考えてくれない」というのは、日本人の錯覚であり甘えです。あなたがどう考えているのか、感じているのかなんて、他人にはまったく想像もつかないのですから、自分の意志は自分で表現していかないといけません。。。ここまで書いて、これは対オランダ人だけに言えることだはないことだなあと思いました。何となく「分かってるつもり」が多いけれど、問題が表面化した時に「分かってくれない」ではなく、「自分は理解してもらえるようにしたのか?」という考え方をすること。そうすれば、解決まで行きつくのが早くなりますよ。


さて、病院に持って行くものを揃える以外にも、
他にも手術前の準備がありました。PPO(ペーペーオー)という何それ?と言いたくなるような名前の部署に行くことです。PPO というのは、 de polikliniek pre-operatief onderzoek の略で、日本語にすれば「事前調査をする医科」といったところ。私がかかったところでは、このように独立した科がありますが、他の病院では麻酔科でするようで、いわば「麻酔が必要な手術、治療」の事前調査です。

まず、名前や生年月日に始まり、これまでの病歴、手術歴、アレルギーの有無、遺伝の可能性がある家族の病歴などから、飲酒、喫煙の習慣、体で動かしにくいところがあるかなどなどの、たくさんの項目が連なった問診票に記入させられます。残念ながら、問診票をコピーしていなかったので、どのようなものがあったかすべて覚えていませんが、両親の出身国まで記入するところがあったのが、さすが人種の坩堝アムステルダムだと思いました。個体差だけでなく、やはり人種によって明らかに突出した身体的特徴や傾向はあります。それを知ることで未然に防げるリスクがあるのであれば、利用しない手はないですもの。

受け付けでその用紙を提出した後、個室に案内されて、体重、血圧、心拍数を計測します。。。あ、ここで一つ、大事なことを思い出しました。オランダで医療機関にかかったら何億回も言わされる覚悟をしておいた方が良いのが「生年月日」です。何かの計測なり採血でもしようとすると、「XXさん、あなたの生年月日は?」と尋ねられます。この名前と生年月日を確認するという手順を踏むことによって、単純なミスが大事に繋がる
医療事故を防ぐというのは、大変シンプルかつ効果的な方法です。ただ、言われる方はまたか〜と思うし、病院でもないところで Mevrouw (メフラウ。女性への尊称)+苗字で話しかけられると、思わず生年月日を答えそうになって苦笑するという副作用はありますが(笑)。オランダでは、年月日(ねんがっぴ)はちょうど日本とは逆さまで、日月年(にちげつねん)となります。英語も問題なく通じるオランダでも、生年月日はオランダ語で言えるようになっていると、病院などではスムーズに事が運ぶことでしょう。。。


計測が済んだら机に向かい合った形で座って、「どのような手術をするのか知っていますか」、「手術前8時間に入ったら一切の食事は禁止で、2時間前から飲み物もダメです」などといった説明をしたあと、それまですっかりお医者さんだと思っていた人が「それでは Anesthesist (麻酔医)が来るまでお待ちください」と部屋を出て行きました。今のは誰やってん?と思ったら、アシスタントさんでした。この医科に何十年とかいうベテラン専任スタッフもいるので、明らかに医者の方が貫禄がない場合もあって、よく見ないと違いに気がつかないユニフォームだと、パッと見には区別がつかなかったりします(笑)。

 麻酔医の説明と言っても、私の病歴はすでにコンピュータに記録してあり、花粉症程度で何かに猛烈に反応するアレルギーもなく、普段から頭痛薬すら飲んでいないので、「これまでに、手術の麻酔とかで、問題はなかったんですね」で、簡単に済んでしまいました。(このときに、コンピューター画面がちらっと見えて、私の腫瘍の大きさが 1,6 x 0,9 mm というのが読めました。こんな小さな塊が、私の太い首の中に埋まってて、よく気がついたものです。位置が違っていたら、発見も遅かったのではと思いました。)

最後に小さな麻酔に関するパンフレットの「何時間前から絶食する」という私に関する項目と、何かあったら問い合わせが出来る電話番号というところに、目の前でマーカーで印をつけて、渡されました。
その場では思い浮かばないけど、後から聞いておけばよかったというような疑問に対応するためなんでしょうね。家に戻ってから読んだら、確かに当たり前なことばかりだけど、考えもしなかった「麻酔後にもし痛みがあった場合」とか、知っておけば何かあった時に慌てずに済みますものね。


脂肪という名の備蓄が十分あるゆえに、数日ぐらい食べなくても生命への支障はないとはいえ、普段から「食に対するパッションが高い」と食い意地が張ってることを表現している私です。ときどきやってる朝ご飯抜いたのと同じなのに、食べられないと思ったら余計に食べたくなるのが絶食(笑)。しかも、手術の前日も仕事で遅くなり、夜の10時過ぎに帰宅して、大急ぎで料理。絶食開始の直前に夕食を食べ終えました。。。病院は、こういう形の絶食を意図していたのではあるまい、とか思いつつ。

手術後に病院まで迎えにきてくれるとのことだったので、病院が(怖くて)嫌いなために、私よりも今回の手術にビビっているオッサンに「ほな、後でね〜!」と手を振って、余裕をもって徒歩で病院に向かいました。歩いたら1時間弱かかる距離ですが、体力作りも兼ねて、疲れすぎない程度にできるだけ歩くようにしていましたから。もともと、アムステルダムを散歩するのが好きというのもありますが、それに手術後は、一時的とはいえ寝たきりに近い状態になりますからね。ただでさえ硬い体へのささやかな抵抗です。


病院に到着し、デイケア部と直訳できる afdeling dagbehandeling という部署を探して、今日手術をする予定のものですと申告したら、(私の場合は男女混合の4人部屋の)自分のベッドに案内されました。
ベッド脇には、食事をする時には天板を引き出してテーブルにする、ゴマ付きのキャビネットがありました。そして、「これに着替えてください」と、渡された患者用の手術着は、ペラッペラの生地で出来た空手着を思わせるズボンと、前後と体側がスナップで開けられるようになっている幼稚園児のスモックのようなブカッとした上着のセット。私の手術は首なので、上半身は裸で、下半身は下着を付けたままで着用して良いとのことでした。(裸だから、スナップの金属が当たるとチメタイよ〜!)

着替えは男女に分かれたロッカールームのようなところで行い、その中にあるロッカーに靴と着替えを入れるようになっています。ここで上履きスリッパが活躍するわけですね。


ベッドに戻ったら、看護師さんが最終チェックにやってきました。また、名前と生年月日から始まって、手術内容の確認、アレルギーの有無など、彼女の持っている資料に間違いがないかを一通り、患者と一緒にチェックします。そして、何かあったときに連絡する人の名前と電話番号を申告。(私はうちのオッサンだけでなく、事前に了承をとって、ピピポ姉の名前とオフィスの電話番号を答えました。)

麻酔を効きやすくするためか、鎮痛剤のような薬を一錠投与され、耳栓をして横になって本を読んでいるうちに、それまでの疲れが出たのか眠ってしまっていました。「手術ですよ」と起こされてお手洗いに行き、コンタクトレンズを外した時点で、ド近眼の私は、寝ぼけてるのも手伝って、すでに幽玄の世界に突入。ベッドを押して手術室まで運んでくれる看護師さんに「心配ですか?大丈夫ですか?」と聞かれても、「大丈夫です。眠たいから、早く麻酔かけて欲しいです」とかワケの分からないことを答えながら、寝転んだままいくつも角を曲がって、近視故にはっきりと区別のつかない壁や天井を眺めておりました。

手術室では、何人もの緑色の医療従事者用の手術着を来た人が、モニターを見たり雑談しながら、いろんな機械類をいじくっていました。目が悪いから、男女の区別も声でしかつかないぐらいで、せっかく手術室に入ったのに、どんな機械かさえ判別できなかったのは残念!(え?ここは残念がるポイントではないですか。。。)


手術台の上に仰向けになり、左の手の甲に点滴の針を固定され、恐怖心ではなく睡魔のために早くして〜!と思っていたところ、私の大好きな外科医登場(というか、コンタクトレンズがないから、「ハロー、だいじょぶー?」と声をかけられるまで、それまで執刀医の彼がその場にいることを知らなかった。とほほ)。それでもついに、手術が始まるのか(やったー、寝られる!)と思ったら、ハスキーボイスなオバちゃんが呼ばれて飛び出てジャジャジャジャ〜ン、紅白の大トリみたいに、みんなお待ちかね状態で部屋に入ってきました。

「誰やねん、このオバちゃん」とほとんど使い物にならない目で彼女を見上げると、「私はXXと言います。あなたは、なんのために手術しますか?」と質問されました。「はあ?ここに居る人らは、もしかしたら、何の手術するか知らんと居てるのん?」と2秒ほど質問の意図が掴めずにいたら、どうやらこのオバちゃんは、手術がちゃんと遂行されるかどうかを管理する立場にある人なのだなと理解できました。医療ミスを防ぐために、数千回(爆)生年月日を言わされたりというチェックがいくつもありましたが、手術の直前に、本人とスタッフに、今から行われる手術の内容に、本当に間違いがないかの念押しのチェックだったわけです。

今回は、名前と生年月日をオバちゃんが読み上げ、それに間違いはないですねと聞かれ、何の手術をするのかを患者(私)の口から言わせるという形の質疑応答の確認でした。まあ、間違ってなかったので、まさしく形式だけの確認なんですが、もしどこかで患者やカルテが入れ替わってたら。。。と考えたら、本当に怖いですよね。

無事に確認が済むと、部屋に居た人たちが一斉に息を吐く気配を感じました。チェックが滞りなく終わった安心感と、さあ、始まるぞという緊張感がミックスされた呼気でしょうか。それまでがシーンとしていたゆえに、急に慌ただしくなった感じの手術室の真ん中で、麻酔のマスクを口にあてがわれ、左腕から薬物が注入されていることを感じながら、オバちゃんがハスキーボイスでカウントするオランダ語の1、2、3ぐらいで、
私は意識がなくなりました。

<その2に続きます>
長文体質ですみませんです。。。

 
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May 27, 2012

外科医に一目惚れ!?

毎日の雑事をこなすだけでも、忙しくしていると、本当に1週間ぐらいはあっという間に過ぎてしまいます。半年後に振り返ると、新たな検査、違う科に訪問といった段階を、リグリが見つかってから、ほぼ一週間ごとにこなしていったような感じがします。

遠足とか早く着き過ぎたデートの待ち合わせといった、待っている間のプロセスが楽しめるモノでもない限り、待たされるのは嫌なものです。しかも病気に関わる検査の結果待ちというのは、高校や大学受験の発表待ちと並んで、やりきれないウェイティング、待ち時間ではないでしょうか。しかし、
サクラチルで人生の終わりのような衝撃を受けても、またなんとかなるもんです。逆に、天下を取ったような気持ちになるサクラサクの後でも、希望校に入ったら入ったでまた、楽しく大変な日々は続くのですが、怪我や病気となると、これまで通りであることが一番の望みですから、また別な種類のウェイティングですね。

検査の結果待ちや手術日までの期間は、考えないようにしても最悪な可能性の「もし」という仮定状況が頭に浮かびます。さすがに楽天的な私でも、たまに悲観的に考えるときがありますが、これまでの人生経験上、「最悪と最善のパターンを事前に想定しておけば、結果はたいていその間で収まる」という思考をするようになっているので、甲状腺癌発覚でも思い詰めることはありませんでした。最悪のパターンは死ぬことですが、道を歩いていて上から植木鉢が落ちてきて死ぬこともあるし、食べ物が喉に詰まって窒息死することもあります。そんなことはないと思ってるから、毎日平気で生活できるのであるし、そういうことを心配していたらノイローゼになってしまいます。死ぬときゃ死ぬんです。だからそれまでにどう生きるかの方が、私には重大なんです。


外科医との最初のアポは、11月30日。これまでずっと一人で医者を訪問してきましたが、今回は仕事の都合を付けて、うちのオッサンもついていきました。。。その日まで心配してなかったのではなく、
オランダ語も含めて、私を信用していたからということにしておこう。。。今度は同じ病院でも、アムステルダム市の東部にある大きな近代的な病院。Punctie (太めの注射器で細胞を摂取)したところです。


覚悟はしていましたが、アポの時間よりも30分ぐらい待たされてから問診する部屋に通されました。それぞれのドクター専用の個室はあるのでしょうが、その先生専用ではなく、向かい合って座れるようになっている事務机とコンピューター1台、診療ベッド、洗面台、壁に箱ごと貼付けられているいくつかのサイズの医療用手袋等がある、外科に付属するいくつかの小部屋といった感じの診察室です。

私の手術を担当してくれるのは、40代半ばから50歳ぐらいかと思われる白人男性。白髪や皺とかから、決して若造ではないことが分かるのだけれど、白衣の下は T シャツにジーンズ、もったいぶらない話し方から、白い巨塔で一派を従えている外科医というよりも、アウトドア好きが高じて専門店やガイドを始めてしまったさわやか万年青年といったところ。

「ドクター○○です。今度あなたの手術を担当することになりました」という自己紹介の後、彼が言ったのは「僕は外科で手術屋だから、切ったり縫ったりはするけれど、それ以外のことは聞かれてもわからないんだ。そして、その後はあなたのお医者さんの元に戻って、治療を続けてもらいますからね(ニコッ)」でした。その時は、面白いことを言うなあぐらいで、深く気に留めませんでしたが、このブログを書くにあたって思い返すと、なんて効果的なイントロなんでしょう!と、ますますこの外科医のプロの仕事人振りに拍手を送りたくなりました。

と、いうのも、病院サイドには「また来た」新しい手術患者とはいえ、ほとんどの患者は初めての経験となります。 これまで私も盲腸などで手術台には何度か寝っころがりましたが、甲状腺手術は初めてです。この説明で彼の役割を患者に明確に伝えるとともに、医者はみんなひっくるめて一つと考えがちな患者からの、専門外で答えられない質問に費やす時間をも、やんわりと牽制しているわけですね。彼の時間がもったいないからというよりも、無駄な時間を節約して、執刀外科医として彼しか出来ないことをこなしてもらった方が、病院や社会のためにはなるのですから効率的です。これも、職業的経験から来る知恵でしょうか。


そして、今回の手術の目的は「それ(見つかったグリグリ)がなんかよう分からんので、取り出して見てみるんだ」とのこと。取り出してみたグリグリの状況によって、2度目の手術が必要(全摘)となるか、投薬などの治療になるかという判断資料を提出するのが彼の役割で、具体的な治療法は内科医に委ねられるという連係プレー。手術屋と自分のことを称するのも、ヒトの体を隅々まで知っている自負があり、自分の職分に自信があるからでしょうね。そうでなければ、ぜったい爽やかではなく僻みっぽく聞こえるはず。

しんみりとすることもなく、「ショックだったろうけど、頑張ろうぜ」といった調子で、「ということで、じゃあ、手術はいつにする?(ニコッ)」という話になりました。部活の試合で負けた後に、ドンマイと励ます顧問の先生みたいなノリでしょうか。手術される身としては、いたいけな中学生部員と一緒で自力では計画できず、先生に全面的にすがるしかありませんけど(笑)。


自分で望んでオランダに住んでいない駐在員とその家族でなくても、毎年日本に「里帰り」する在蘭日本人の方も結構いらっしゃいます。お金がかかる以外にも、長時間のフライトが嫌いなので、用がなければ日本には行かんというのが基本ながら、私に輪をかけて加齢が加速している両親に顔を見せるのが、最近は、
(一部では来日と称されている)里帰りするメインの「用」になっております。昨年の夏に冬季の日本行き格安航空券が出た時点で、私が3週間、オッサンが1週間遅れて日本に行く計画を立てていたのです。

この相談をしていた日が11月30日の水曜日で、日本に出発するのが12月15日の木曜日。
「実は、近々日本に休暇に行くんですけど。。。」と言うと、
「別に今すぐどうこうっていう病状ではないので、休暇前にやっても休暇後にやっても、どっちでも構わないぐらいだよ」という返事。具体的な日にちを尋ねてから、「ちょっと待ってて。スケジュール見てくる」と部屋を出て行きました。

部屋に残されたオッサンと二人で顔を見合わせ、「と、いうことみたいやな」みたいな、完全消化できていない状況把握を感じていると、外科医が戻ってきました。

「来週の金曜日。12月9日。それでいける?(ニコッ)」

爽やかにニコッとされても、オッサンと私の頭の中で同時に行われたのは、15−9=6という計算式。「え〜〜〜〜っ、手術後6日で日本行きの飛行機に乗り込むんでっか! 日本行くには、直行でも12時間、乗り継ぎ含めたら1日がかりの移動やのに、大丈夫?」でした。

今回の手術は、腫瘍が小さいために、喉元にちょっと切れ目を入れて行われるもので、残る傷跡も4 cm 程度だそう。
喉をザックリ切るというのに、そこまでダメージは大きくないらしく、日帰り手術でさっさと家に返されます。再度「え〜〜〜〜っ!」。もし、腫瘍がもっと小さく1 cm 未満であったら、切ることもなく、穴をあけて済ませられたそうです。

とにかく、心配しながら日本で休暇を過ごすよりもましだろうということで、手術の予約を入れてもらいました。もし、術後の経過が思わしくなかったら、最悪の場合は休暇キャンセル。残念ではあるけれど、仕方がない。ここでも、最善と最悪のパターンを想定しながら、手術後、休暇中の仕事の調整と、いかにジジババに余計な心配をかけずに話を持っていくかに留意しながら、荷造りやお土産購入といった早まった出発の準備をいつも以上のバタバタと進めることになりました。。。手術の日には、ゆっくり寝られる〜!というのを楽しみにしながら。。。


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May 19, 2012

検査結果は悪性なり

別ブログ「アムステルダムだより」のノリで、「甲状腺癌確定の巻き〜!」などとタイトルを付けそうになってハッとしました。明るいことを書けば書くほど「無理している」、しんどくないと言えば「やせ我慢している」と思い込んで、私を可哀相な人にしたい人が多いみたいなのですけど、残念ながら、毎日バタバタと忙しく、楽しく生活しています。

実際に、毎朝寝ぼけたままホルモン剤を飲み込むのと、首の手術跡以外には、以前の生活とほぼ変わらず、周りにいる人も私が癌患者などということをすっかり忘れております。昨日も、風邪気味のオッサンにアロマオイルでマッサージをしておりました。ふと思い出して、
「なんで癌患者にマッサージさせるかなあ!」と文句を言っても、オッサンは都合の悪いことは聞こえない振り。。。本人が忘れているので、周りもそんなもんです。


さて、2011年11月23日の朝、前回おこなった Punctie (プンクチー。太めの注射器で細胞を摂取)後の細胞検査の結果を聞きに行きました。そうです、運河沿いの病院まで、七人の小人のおじいさん内科医の診察です。

検査の結果は、それまでのお医者さんの反応で、なんかそうちゃうかと思っていた通りの悪性でした。もちろんダメ押し感はありましたが、先週の検査の後に、甲状腺手術の先輩でもあるパポピに「甲状腺だけで死ぬ人は滅多におらん」とか、いろいろと情報を仕入れていたので、もとからギリギリの人数でやってる仕事のこととか、いろいろ手配しないといけないなあ、わーどうしようというのが先に立ちました。これまで腸閉塞と交通事故で2度死にかけ、次に何かあったら3度目の正直かと思っていましたが、今回はこれまでのような大ピーンチ!という突発事項ではないので、「部屋めっちゃくちゃやわ。片付けんとマズイ!」というのは思い浮かびませんでした(笑)。最近は、友人の収納アドバイザー 吉中直美さんのブログを読んで、
何かあっても困らないようにしようと思ってます。。。はい、思ってるだけで、なかなか実行できてませんが。。。


血液検査によるとホルモン値には異常がないようですが、私の甲状腺に出来ていたグリグリは悪性。前回の細胞採取という検査法も、よく考えれば癌細胞のど真ん中に大当たり!になるまで針を突き刺すわけにもいきませんから、
実際の進行状態を調べるためにも、まず第一段階として、今あるグリグリを取り除く手術をすることになりました。

その手術の結果によって、全摘になるか、そのまま様子を見るかなど、その後の治療方針も変わってくるとのこと。七人の小人のお医者さんが、サラサラサラと読みにくい手術依頼書を書き、「これで私の診察は終わりです。私の
アシスタントのところに行って、外科医とのアポを取ってもらってください。手術が終わったら、今度は私ではなくて xxxxx のドクターになりますので、彼とのアポも、今日、アシスタントが手配してくれます。それでは、気を落とさずに、お大事に」と握手をして、斜め向かいにあるアシスタントの部屋まで連れて行かれました。


アシスタントのおばちゃんは、七人の小人の先生に負けず劣らずというぐらいにやさしくて思いやりのある「良い人〜!」というのが滲み出ているタイプの人。それまでの会話からも、すっごい良い人だなあと思ってはいましたが、私が部屋に入った瞬間に、
癌宣告のことを暗に含んだ口調で「びっくりしたでしょう。大丈夫?」と、やさしく椅子を勧められました。

「え、何それ。なんであなたが知ってるのん?」と、一瞬ドキッとしましたが、よく考えたら彼女がカルテ等を用意したり、アポを取ったりするので、患者の状況を知っていて不思議なことではありません。それよりも、彼女にいたわられて初めて、私がいたわられるような状況にあるのだということを実感しました。それまでは、「わあ、癌やてぇ。大変やな。面倒くさいなあ。えらいことになってしもたな」という感情がほとんどで、この時に「私ってもしかして可哀相なん?いたわられるような立場になったん?」と改めて思ったのです。

そして、彼女が別な場所にある外科に電話をかけて、12月14日に最初のアポを取ってから、「先生に、これで良いか聞いて来るわね」と、部屋を出て行きました。帰ってきて一言「これでは遅過ぎるから、もっと早くだって」。。。え、遅過ぎるって、何なん????? ドキッ!

再度、外科にかけ直して、今度は1週間後の11月30日に、外科医とのアポが取れました。やろうと思ったら出来るやん!などと、普段から待たされて待たされて待たされて、その間に治るか死ぬかのどっちかだという冗談にされるオランダの医療機関に突っ込んでいる場合ではありません。オランダ、ユトレヒトの病院で乳癌の手術を受けた後、治療をしながらも東北大震災の支援グループを立ち上げて活躍されている尚子さんのブログにも書いてありますが、大したことがない人は待たされる裏には、緊急度の高い人の治療が優先されるという、オランダの効率主義が見られます。。。ということは、私、落ち着いてる場合ではないってこと!?


徐々に、えらいこっちゃなあという気分にはなってきましたが、インターネットやパポピの情報のお陰で、甲状腺癌は進行が遅く、今日明日に命がどうこうなるわけではないというのは分かっていたので、その足で出勤しました。出先からオフィスに戻ってきたオッサンに、「どうやった?」と聞かれたときも、その場に他の人もいたこともあり、「あとで説明する」と言って、結局家に帰ってから話しました。
人生を長くやってると、たいていのことは経験してきたというのが年の功でもあるけれど、ショックはショックだろうから、仕事中に話すのは止めておこうと思ったのです。オッサンにしたら、落ち着いて「あとで説明する」と言うぐらいだから大丈夫だったんだろうと思ってたらしく、動揺してない私に逆に度肝を抜いたようですが、出来たグリグリは出来てしまったもの、しゃあないもんはしゃあないですもんね。取り乱してない本人を前にして、ショックを受けたというより困った顔のオッサンになっておりました。


癌宣告されてだ
いぶ経って、この癌宣告の日の夜ベッドに入ってから1回、そのあとオッサンと話をしている時に2回、合計3回しか泣いてないなあと数えたことがあります。その3回とも、ワタシとっても可哀相とか、絶望にひしがれて。。。というわけではなく、日本にいる両親や、アンネフランクよりも8歳年上(!)という1920年生まれの最初の相方のお義母さんが聞いたらとってもショックを受けるだろうこと、これで死んだらもうオッサンやパポピの役に立てなくてごめんねえと思ったら、どうしてもこらえきれずに涙が出てきました。

最初の相方を亡くした時に、泣いても泣いても涙は涸れないことと同時に、後に残された人がどれだけしてあげられなかったことを悔やむのかを経験しました。だから、私が先に逝くことによってどれだけの人の心を傷つけるのかと思うと、申し訳なくて仕方がなかったのです。この時の経験が、
後悔しないように生きようという言動になっているのだろうし、ブログや日々の言葉で、私の周り人たちに、毎日楽しく生きてるから、私が死ぬ時にはあなたが悔やむことはないよということを伝えたいのかも知れません。そしてそれが、私に東北大震災の被災者支援、オランダからチューリップを送る活動をする気にもさせたのだろうとも思います。


七人の小人の先生が説明したときには聞き取れずに、外科手術のあとに私がかかることになるドクターの名前と一緒に書いてある単語を後で調べたら、 Endocrihinoloog (内分泌学医)とのこと。Endocrinologie (エンドクリノロヒー。内分泌学)なんて単語、今まで18年の間にオランダで、見たことも聞いたこともなかったですが、よく考えると日本語でも何をするお医者さんなのかがよく分からないことが判明。世の中には知らないことがたくさんあるものだと妙に関心した私でありました。


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woneninams at 23:22|PermalinkComments(4)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Clip to Evernote