治療

May 10, 2012

七人の小人の内科の先生

さてさて、前回の記事から少し間があいてしまいましたが、体調の方は相変わらず元気な一般人ぐらいのパワーでしょうか。疲れすぎないように注意しているぐらいで、普通に仕事をしてますし、元気なものです。2度目の手術から4ヶ月近く経って、たまに傷口がカユ~イのが気になるところ。オッサンには、「傷口が痒くなるのは治りかけてるからって言うよ」と喜ばれましたが、無意識に掻きむしらないようにしないと。。。という緊張感を密かに楽しんでおります。


ホームドクターから、私の診療は病院の内科医にバトンタッチされました。アポを取った11月16日の午前中、運河沿いの病院に向かうと、担当したのは思慮深くて優しそうなおじいさん先生でした。優しそうというのは人当たりだけでなく、患者さんのことを親身になって考えてくれてる、というのが話していて伝わってくるようなお医者さん。この日のショッキングな宣告とは別に、人間として素晴らしい徳を持ったお医者さんに巡りあえたことに嬉しくなったぐらいです。(でも、私の頭の中で彼の姿は思いっきり「白雪姫と七人の小人」の白ヒゲの小人先生、ドックとして変換されているので、実は今、彼の顔を思い出せなかったりします。笑)


エコー撮影の際に、エコー技師の口から初めて甲状腺という単語を聞いてから、いろいろとインターネットで調べておいたので、初対面のお医者さんがオランダ語で言っていることもよく理解できました。。。と、いうより、予備知識がなかったら、日本語でもちんぷんかんぷんなところが多かったかも。それぐらい今まで縁のない話でしたから。

この七人の小人のお医者さんは机の反対側に座って、「これまでの血液検査やエコーの結果、甲状腺乳頭癌(こうじょうせんにゅうとうがん。 papillaire schildklierkanker )の疑いが大変強いです」と静かな口調で検査結果を伝えました。

ここで映画やドラマなら、癌宣告された患者が泣き崩れたり、二段構えのクローズアップがくるところでしょうが、下調べでの予備知識があったことや、もともとフテブテしい。。。いえ肝の据わってる性格のためか、「はあ、そうですか」という落ち着いた反応となりました。びっくりはしたけれど人生で一番大きなショックでもなかったし、「そうか~、そうなんか。それはしゃあないなあ。。。ぐらいで、なんでそんな感想しか思い浮かばんねん自分。可愛げないなあ」とか頭の中で一人ボケ突っ込みしておりました。でも、そんなことは他人には分かりません。お医者さんにしてみたら、私がオランダ語を理解してないために反応がないと理解したのか、もっとゆっくり説明しようとし始めました。お医者さんには、「大丈夫です。話は理解できてます」と答えて、最初の彼を喉頭癌で亡くしたこと、それ以来、いかにして生きるかを意識してきたから、発癌で自分の人生が終わったと悲観していないことを話しました。

誰でもいつかは死にます。そして、死んでないだけで生きていない人が、残念ながら世の中には多いのです。そういう人に出会うたびに、とっても残念に思いながらも、私はいつピリオドを打たれても後悔だけはしないように生きたいと思い、実践してきました。誰になんと言われようと思われようと、私がしたいことをしているのは、「亡くなった彼にああしてあげれば良かった」という後悔を、自分だけでなく、周りの人にも繰り返してほしくないからです。正直なところ、少しホッともしました。もうゴールが見えかけたから、やみくもに突き進む必要はないんだと、肩の力が抜けたような感じでしょうか。


七人の小人の先生は、もしこのグリグリが悪性だった場合、これからどんな治療が行われるかの大まかな流れを、最後まで私という患者を中心に見据えて、静かに説明をしてくれました。そして、本当にその通りにはなったんですが、この時の説明内容と、先生がもたらした「任せてもいいのだ」という安心感は、本当にそれ以降の治療にたいする不安を取り除く効果があったと思います。

診療後は、アシスタントのところで次回の内科のアポを取り、その足で、同じ病院の別な部署に向かいました。病院は同じでも、そこは市内の別な場所にあるので、内科でもらった検査依頼書を持ってトレム(路面電車)で移動。

大きな病院の案内表示を見ながら、探検しながらエレベーターで着いた先は病理学科( Pathlogie 。Pathloog  とか病理学とか、今まで聞いたことはあるけど、このブログを書くにあたって初めて何をするところかが知った次第。。。)


病理学科の受付で Punctie 検査の依頼書を見せると、しばらくお待ちくださいと、半分廊下みたいな部屋の椅子に座って待つように言われました。仕事中で連絡のつかなかったオッサンに、とりあえず経過を SMS で入れとこうと携帯電話をいじくっていると、私の名前が呼ばれました。

この Punctie (プンクチー)というオランダ語が、日本語の医療用語でなんというのかよく分かりませんが、要するに太目の針を突き刺して、検査対象となる細胞をちょびっと採取するというもの。日本の狭いビジネスホテルのシングルルームのような細長い部屋に案内されました。私を案内した小柄な看護婦のお姉さんと二人で居ても狭いのに、なんと後から入ってきた病理学士のニイちゃんは、177 cm の私でも見上げるような大男。一気にシングルルームが、押入れぐらいの大きさとなりました(笑)。

依頼書にある名前を見て「日本人?」と聞いてきた病理学士のニイちゃんは、私を診療ベッドに寝転ぶように指示しながら、学生時代に友達と二人で日本に行ったことがあるんだと嬉しそうに話してくれました。こんなデカイ金髪の若い衆は、日本でさぞかし目立ったであろうなあと想像しながら「日本国内の移動は JR パスを使ったの?」とたずねたら、「お金がなかったから、シベリア鉄道を使って日本まで行って、日本国内はヒッチハイクした」とのこと。「ええ~!ようアンタ、怖がられへんかってんねえ。それにちゃんと車の中には納まったん?」というのをぐっと堪えて、喉もとの甲状腺がある辺りを、左右1回ずつ針で刺されました。検査結果は内科医に送られるということで、ここでは注射跡に脱脂綿を貼られてお終い。この雲つくようなニイちゃんに「治療頑張ってね」と声援されて、少し遅れて出勤しました。


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woneninams at 18:51|PermalinkComments(2)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Clip to Evernote