入院

September 28, 2012

グリグリ摘出手術<その2>

8月初頭に行った定期健診の際、ちょっとしんどいときがあるからと、毎朝服用している Euthyrox という商品名の錠剤のホルモン含有量を200 μg (ミクログラム。マイクログラム、ミリグラムとも呼称。 mcg とも表記) から175 μg に減らしてもらいました。足りないよりも多めの方がいいだろうということで、服用開始直後は、血液検査の結果も鑑みて、十分と思われる量で設定されていた模様。もちろん、人体は複雑怪奇かつ微妙なものなので、ホルモンなど、微量でも大きな影響を及ぼすものは、これからずっと様子を見ながら調整していかねばならぬのですが、「フッ、過ぎたるが及ばざるが如し、というのを知らぬな、おヌシ」と、思いながらそんなこと知るはずもないオランダ人医師の顔を見ていました。お医者さんは、私がそんなことを考えていたとは、まったく想像してなかったでしょうね。

たった25 μgの違いでも、ナノ単位の極薄鎖帷子(くさりかたびら)を脱いだようになんとなく体が楽になった感じがしていたところ、アイソトープ治療から半年後の検査に備えて、8月24日からホルモン剤の使用を止めています。本日でまる5週間。体の中で「ホルモン足りてないよ~」と訴えてるのがわかります。また、経緯の方は、なっかなか進まないこのブログがそこまで進んだときに書きますが、月曜日に採った血液検査の結果、まだ甲状腺組織が体内に見られるということで、2回目のアイソトープ治療が決定しました。月曜日からヨード制限食を開始し、金曜日の朝に入院。A(病院名)スイートと呼んでいる隔離部屋でゆっくりしてきます。なんか、隔離されるの楽しみにしてないか?という疑惑もあるものの、それが済んだらずっと楽になる~と考えると、あと1週間ガンバロ~と思えるようになります。

それに、普段よりも肉体的にしんどいとはいえ、これまで5週間の仕事量は減らさなくてもやってこられた、というか、普段よりも荷造り等で大変な時期を乗り越えられたし、もし、何かの手違いや旅先などでホルモン剤を紛失した場合、エネルギーレベルが低くはなるけれど、一日二日で突然バタッと倒れたりするわけでもないのだという体験ができたのはよいことだと思っています。

今度は、まったく甲状腺ホルモンが体内生成されなくなるだろうから、この5週間目のしんどさが、2週間目、3週間目に来るのかわかりませんが、それでも1週間ぐらいはなんとか持つだろうと知っておけば、ホルモン剤がないっ!どうしよう。。。ビクビクってこともないですからね。甲状腺ホルモンは大事だけれど、酸素や水よりも重要度は少し低いということで、同病者の方、ご安心ください。


。。。前回のブログの続きに戻ります。。。

最初の手術のあと、まだ甲状腺癌腫瘍を摘出した患者という実感が湧かないまま、ジジとバ~バに顔を見せる以外の来日目的であった、神戸や関東で何人かの人に逢ったり、オランダからチューリップの球根を送ることで支援しようと活動している、岩手県陸前高田市小友町にある、気仙大工左官伝承館を訪問したりました。

お忍び訪問のつもりが、たまたま箱根振興会会長でもある館長さんがいらしてご挨拶が出来たり、職員の K さんが作る素朴で懐かしいながらも絶品のラーメンをご馳走になったり、公共の交通機関がズタズタになっている現地で、 Naomi さんの中学時代の同級生のべんちゃん(仮称。笑)とお姉さんの車で移動のお手伝いをしてもらったりしました。ここでも、いつかは逢いたいと思っていた方たちとゴタイメ~ン!が実現できて、本当に嬉しかったです。掘りごたつを囲んで S 兄とお話しが出来て、迷惑になるかもしれないかもと躊躇していた岩手入りして、本当に良かったと思いました。そして、 T 夫人が、「田舎なので何もないですけど」と、お茶菓子から地元名産のリンゴ、やさしい味わいのお煮しめなど、たくさん用意してくださっていたのがとても心に沁みました。おいしくて、嬉しかったです。大きな愛をありがとうございました。

また、「世界中のみなさんから支援、応援してもらって、なんてお礼を言ったらいいのかわかんねけど、本当にありがたく思ってやってきました。これから、まだまだすることたくさんあるし、どうやったらいいのか途方にくれてるのも事実だけど、こうやって来てくれること、忘れないでいてくれることが一番嬉しいんです」と、被災地の方の気持ちを代表して(一生懸命標準語になるように努力して。笑)語ってくれた S 兄の言葉、このブログをお読みの読者の方にお伝えします。

来年も、陸前高田市小友町にチューリップを送る手配をしました。今年、どれぐらいの数の球根をオランダから送れるのかまだ不明ですが、西の果てから応援してますよ~。小さな個人支援ではありますが、「小友オランダ園」についてご興味のある方は、サイトをご覧くださいませ。また、今年のチューリップの写真をお持ちの方がいらしたら、ぜひ私のほうまでメールで送付してくださいますよう、お願い申し上げます。


さて、ただでさえ限られている滞在時間を、甲状腺癌の話に割くのももったいないし、傷が隠れるように、いつも首になんか巻いていたし、それに、やったら大きな声で大騒ぎして喋る、手術したばかりとは思えないオバハンの登場(爆)。甲状腺グリグリを摘出したばっかりということを、自分でも忘れていたので、あとでびっくりさせてしまった方々ごめんなさい。後でびっくりさせるのが申し訳ないというよりも、自分が楽しむほうを優先させてしまいました~。


日本滞在中も、メールやスカイプを駆使して、オッサンが苦手な事務仕事を時差を超えて手伝っていましたが、やはりまるまる1ヶ月のブランクは大きかった。1月7日の土曜日にオランダに戻って、9日月曜日からすぐに職場復帰。滞っていた平常業務+年末の〆業務にかかりました。(オランダの税務年度は1月~12月なんです)

お尻に火が付かないと動き出さないとか、時間がない方が仕事が捗るというのも、真理であります。自宅では、とりあえず、勢いのあるうちに片付けないと出しっぱなしになりかねないスーツケースを、日本から帰宅した日と次の日で空にして、洗濯連投。次なる荒療治である20日の全摘手術前に、気になることを片付けておきたいと思えば、とりあえず出来ることから手をつけるフットワークも軽くなりましたね。


基本的には、1回目の腫瘍部分摘出手術の準備と、長いから二つに分けた手術前手術後の経緯とほぼ同じですが、今回は切開および摘出部分が大きくなるので、日帰りは無理。12 cm ぐらい切り開いて、経過によって2~3日の入院ということでした。


1月11日水曜日に、入院する病院の麻酔科の PPO (ペーペーオー)に行って、調査票に記入。診察室では、「あら、ついこの最近手術やったのね。その後、劇的に変化したことはなかったですね」みたいな、軽いノリでの手術の事前調査、確認をしました。血圧や心拍数もチェック~。


1月13日金曜日には、これまで診察してくれていた七人の小人のおじいさん内科医ではなく、これから長期に渡って私の担当医となるらしい、内分泌の専門内科医との初めてのアポに行きました。この先生、ちょっとロシアのプーチン氏系の顔立ち+アヒル口してるので、ひそかにプーチンダックと命名。なんかイマイチタイプではないというか。。。これまで熱い兄貴分というか、熱心な部活動顧問の中学校の先生的信頼を寄せていた外科医との差が激しく、ちょっと落胆(笑)。

プーチンダックにしても、別に悪気はないわけで、「オランダ語?英語の方が良い?」と、最初オズオズと聞いてきたので、向こうは向こうで、アジア系患者にどのように対応したらいいのか面倒臭いと思っていた戸惑っていたのだろうと考えることにしました。ヒョローっと背が高い(2 m 弱)から、それで頼りなげに見えるし、なんせその上にプーチン系の小顔がのっかっているから、あまり親しみを覚えない外見というのも、彼のせいではないわけですし。。。って、大きなお世話な私。

七人の小人の先生と外科医の説明、それにインターネットで仕入れた日本語での情報のお陰で、ほとんど知っていることの確認のような診察でしたが、それでも抱いていた疑問、「この程度の腫瘍で全摘する必要があるのか」という、私個人のケースについて専門家に質問できる機会が得られたのはありがたいことです。

パポピとメールでのやりとりしていて、そんな初期の小さい腫瘍だけなのに、どうして全摘なのだろうという話になりました。どこかで読んだデータでは、甲状腺が1/5残っていれば、薬を服用せずに済むのこと。そしたらそっちの方がいいじゃないですかねえ。プーチンダックの回答は、「場所が場所(ど真ん中)だし、アメリカではこういったケースは全摘の方法で治療するので、オランダもそれに倣っている」とのこと。再発する可能性(30~40%)のリスクを考えると、全摘した方が、後の不安も少ないからベターだとも。なんかスッキリしない回答というか、もしかしたら臨床例が多い日本では、できるだけ残す方向で治療が行われるのではないのだろうかと思いましたが、こればっかりは担当医の判断に任せるしかありません。


手術前日の1月19日木曜日に、入院する病棟にて事前説明。 たまたま私と誕生日が一緒らしい Co-arts (医師助手)が担当。私が中学生ぐらいの誕生日に生まれた、そのスリナム系と思われる助手君が、小部屋に入って向かい合って座ってから、最初に言ったのが、「僕は先入観を持たないようにしようと、わざとあなたのカルテを読んでないんです。これまでの病歴とか経緯とかを説明してください」と簡単に言うので、私、プチ激怒(笑)。

「あのねー、これまでの経緯って、オランダではたいていこの病院にかかっているし、ホームドクターからの資料も必ず残っているはずです。それに、20年前の盲腸から何か何まで、今までのことは何回も説明して、全部コンピューターとその紙バサミの中に入っています。私は今回、甲状腺の治療のためにきているわけで、あやふやに覚えている病歴を、適当に思い出して話す意味が全くわからないので、それを話すつもりはないです。それは先入観でもなんでもなく、下準備ではないですか」と突っ込んでしまいました。(わー、自分でも怖いオバチャンになってます。笑)

それで引っ込んだ所を見ると、どうも彼が事前準備をしていなかったのか、何の準備もしてなかった所に、予期せずに彼が私の相手をさせられたの二つに一つの模様。でも、それは向こうの都合であって、オフィスを閉めて来ているうえに、ずいぶん待たされてる私には関係のない話。なので、いちいち「そこに書いてあるように」とかいう枕詞などをつけながら、甲状腺治療に関する経緯の説明だけを簡単にしました。(ここではイケズなオバチャン化!爆)

ここでも、いつ退院できるのかといった、思いついた簡単な疑問を訪問前にまとめておいたので、そのリストを見ながら、助手君に質問攻め。一番知りたかった「アイソトープ治療はいつになるのか」、「別な病院になるとは聞いているが、どこに問い合わせたらよいのか」というのにも、「それは僕には答えられないから、看護師に調べて回答するように指示を出しておく」という、病棟内で偉いんだか偉くないんだかよく分からない立場の助手君を象徴するような答えを一杯もらって、彼との面談は終わり。

それにしても、プーチンダックにしろ、この助手君にしろ、説得力のないお医者さんっていうのは損ですね。まあ、ちょっとオドオドしたタイプであれば、その小心さが失敗しないようにしようという心がけに繋がるとかいう風になればいいのですけれど。。。


今度は、打って変わって年齢は助手君と同じか若いぐらいなのに、経験がものを言うのか、余裕のある看護婦のおねえちゃんが、入院する部屋を見せてくれました。4人部屋の入ってすぐ右側のベッドで、退屈ゆえに、新入りに興味深々なおじいさんとおばあさんの患者さん一人ずつに挨拶しました。もう一人寝ている人がいましたが、翌朝退院したようで、おじいさんだったことしか覚えていません。

自分が寝食する予定の病室の様子を見せてくれるというこのサービス、私はとっても良いなと思いました。私はそこまでではなかったけど、手術前には不安は付き物。自分に与えられるスペース、ファシリティなどを事前に見ることで、「知らないゆえの恐れ」というのはなくなりますもん。


最後に看護婦さんから、「手術は明日だけど、手術室のスケジュールによっては、もしかしたら、今晩から入院してもらうかもしれません。今日の午後、電話で知らせるのでいいですか」と言われましたが、これって日本ではあり得る話なんでしょうか?結局、16時ごろに電話があり、手術当日、早朝にチェックイン。私よりも付いてきたオッサンの方が落ち着かないのは、私のことを心配してというよりも、病院という場所のせいに思われました。患者よりも緊張してどうする~!?

手術自体は順調に進み、前回と同じく、病室からオッサンに電話 → ピピポ姉経由の日本語メールで、パポピたちに手術終了の連絡を入れてもらいました。(今回も、全粒粉の薄切りパン2枚を、1枚はチーズ、もう一枚はハチミツで食べました。) そして、仕事を終えたオッサンが、様子を見にやってきましたが、ただでさえ病院や怪我病気が苦手なので、「傷口見たいぃ?」と言うと、激しく首を横に振っておりました。


夜中でも人がバタバタ、機械がピーピー、廊下の照明が煌々と薄いカーテン越しに目を刺すのでゆっくりできない上に、手術直後は数時間おきに血圧や首の太さを計りにくるので、おちおち寝られません。そんな中でも、とても前向きでたくましい白人のおじいさんとおばあさんと同室だったのが、とても印象的でした。第二次世界大戦中にインドネシアにいた人、もしくは面識のある家族、友人知人を失ったり、ひどい目に会った人が多い世代です。それが好ましいとか許される行為かどうかは別にして、私という日本人の個人に対して、彼らの個人としての怒りや恨みをぶちまけてもおかしくないと私は思います。でも、今まで私が会ったオランダ人高齢者は、心の中でどう思っているかは別にしても、「それはそれ」として、私という個人に対しては、あからさまな差別や侮辱や報復の意など、ネガティブな言動を示す人はいませんでした。

そのおじいさんとおばあさんについては、どうしても書かずにはいられずに、しばらく前に「アムステルダムだより」の方でも書きました。日本人オランダ人、男オンナ、年齢に関係なく、他の人に対していつでも人として真正面に立って生きていきたいと思っている私に、「うーん、凄い。ああいう風に年をとりたい」と思わせる人たち。その出会いだけでも、入院した甲斐があったと思いました。

結局2泊3日の滞在で、日曜日の午後には、オッサンのお迎えで家に戻りました。


1-IMG_0524

通勤途上で撮影した、とあるドア。深い意味はないです。


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woneninams at 23:54|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Clip to Evernote

June 11, 2012

最初の手術の準備

にほんブログ村というのに登録したら、一気に訪問してくださった方が増えてびっくりしています。「私のブログ、読んで~」と言うのはこっ恥ずかしいのですが、私の書いたものが、その情報を必要な人のところに届いて、少しでもお役に立てれば幸いです。基本的に、どうにもならないことに固執しても自分がシンドイだけというのを自分自身で経験しているし、自分ではどうしようもないことを思い悩んで苦しんでいる人を周りに見るたびに、もったいないなあと思うんです。なので、闘病してるしてないに関係なく、考え方次第で毎日が変わってくるのだということも伝わったらよいなと思いつつ。


今回は、どんな手術の準備をしたかを書こうと思います。。。なぜなら、家でブログを書こうと思ったら急な夕立に襲われて、オフィスに居残り中。甲状腺関係の資料が一切手元にないのです。いい加減なことは書けないので、日付など関係ないお話にしますね~。


これまで、盲腸などの手術をいくつかしてきましたし、金曜日の仕事中に急に週末旅行に行くことを決めて、突然出発することになって焦る修羅場を何度もしていたお陰で、今回の手術と日本行きの準備も、なんとか手術の前日までに準備することができました。

それに、旅行や入院の準備は、うちのオッサンには手出しをさせないほうがスムーズにいったりします。うちのオッサンは、「どうせ僕がやっても気に入らないんだろう」などと不貞腐れますが、やつに任せて忘れ物して、後から困ったり地団太踏むのであれば、たとえ睡眠時間を削っても、私がやります、やらせてくださいです(笑)。できるだけ軽量に、コンパクトに、そして美しくパッキングできたら、達成感もひとしお。。。って、目的は変わってしまってますけど、うちの荷造り担当は私になっています。


全身麻酔で喉の切開が行われましたが、容態がよっぽど悪くなければ日帰り手術ということは、最初から分かっていました。なので、私が最初の手術に持っていったのは。。。


* 健康保険証

* 病院のカード

* 身分証明書

* Tram (路面電車)のカード

* メガネ(ド近眼です。マンスリーのコンタクトレンズは手術前に捨てました)

* 20ユーロ札1枚

* 耳栓

* アイマスク

* ハンドタオル1枚

* 部屋履き(ホテルの使い捨てのを持っていって、帰るときに処分)

* 文庫本2冊

* 家の鍵


これだけです。いくら自分用のロッカーが与えられるとはいえ、鍵はかかりませんし、滅多にないとはいっても、盗難に遭わないという保証はありません。なので、お気に入りの財布も持たずに、盗られても諦めがつくもの、最低限必要と思われるものだけをジップロックのような袋に入れていきました。

日帰りでは耳栓とアイマスクは必要ないかなと思ったのですが、準備で疲れて睡眠不足のまま手術の日になったために、手術前に寝るのには役に立ちました。(緊張感が感じられない患者だなあ。。。) かさばるものではないので、旅行にはいつも持っていくアイテムでもあります。

手術中はアクセサリーも外さないといけないので、指輪なども家に置いていったほうがいいですね。オランダの治安が悪いとか、人を信用できない人間になったのではなく、用心するに越したことはないというのはしっかり身につきました。誰のせいでもなく、盗られるようなものを持っていくほうが悪いんです(笑)。


手術後、どれぐらい体の自由が利くのかわからなかったので、後から出発するオッサンの分も合わせて、日本行きの準備もできるところまでやりましたが、看病が得意ではない(というか、オロオロするだけでまどろこっしくてイライラさせられる)オッサンはあてにできないので、あれば便利だろうと思われる、自宅療養グッズというべきものもある程度用意しました。


* 高さを調整できる枕(パポピが速攻で注文して、日本から送ってくれました)

* 片手で開けられる 500 ml のサーモ水筒(これもパポピお勧めで、日本で前年に購入)

* ティーバッグになったハーブティ

* 前開きのパジャマ (着脱および、首の傷口がどうなるのか不明だったため)

* スカーフ数種類

* 一食分ずつにまとめたご飯を冷蔵&冷凍


幸いなことに、パピポが送ってくれた枕をそこまで必要とはしませんでしたが、首に負担をかけないためにはあってよかったグッズでした。そして、ハーブティというのは、麻酔や鎮痛剤などの薬で負担をかける内臓の働きを助け、手術箇所の腫れも早くひかせるために、利尿作用のあるものを選びました。特に、夜中に喉が乾いたときに、冷たいものではなく温かいものを飲むと、体がホッとしたので療養時にはお勧めです。薬のせいか、喉が変に乾くんですよね。

術後も結構動けたので、重たいものを持つ以外の家事は全部できましたが、ちょっとお惣菜やお弁当を買えない海外生活。そんなときの冷凍ごはんは、日本人の命綱と断言できるでしょう。やっぱり疲れているときに、毎食パンやジャガイモはつらいです~!(なのでオッサンが弱っている時は、オランダ飯にすることにしてるんですよ。食べ物は心身の基本ですからね。)


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woneninams at 22:58|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Clip to Evernote