オランダ

May 27, 2012

外科医に一目惚れ!?

毎日の雑事をこなすだけでも、忙しくしていると、本当に1週間ぐらいはあっという間に過ぎてしまいます。半年後に振り返ると、新たな検査、違う科に訪問といった段階を、リグリが見つかってから、ほぼ一週間ごとにこなしていったような感じがします。

遠足とか早く着き過ぎたデートの待ち合わせといった、待っている間のプロセスが楽しめるモノでもない限り、待たされるのは嫌なものです。しかも病気に関わる検査の結果待ちというのは、高校や大学受験の発表待ちと並んで、やりきれないウェイティング、待ち時間ではないでしょうか。しかし、
サクラチルで人生の終わりのような衝撃を受けても、またなんとかなるもんです。逆に、天下を取ったような気持ちになるサクラサクの後でも、希望校に入ったら入ったでまた、楽しく大変な日々は続くのですが、怪我や病気となると、これまで通りであることが一番の望みですから、また別な種類のウェイティングですね。

検査の結果待ちや手術日までの期間は、考えないようにしても最悪な可能性の「もし」という仮定状況が頭に浮かびます。さすがに楽天的な私でも、たまに悲観的に考えるときがありますが、これまでの人生経験上、「最悪と最善のパターンを事前に想定しておけば、結果はたいていその間で収まる」という思考をするようになっているので、甲状腺癌発覚でも思い詰めることはありませんでした。最悪のパターンは死ぬことですが、道を歩いていて上から植木鉢が落ちてきて死ぬこともあるし、食べ物が喉に詰まって窒息死することもあります。そんなことはないと思ってるから、毎日平気で生活できるのであるし、そういうことを心配していたらノイローゼになってしまいます。死ぬときゃ死ぬんです。だからそれまでにどう生きるかの方が、私には重大なんです。


外科医との最初のアポは、11月30日。これまでずっと一人で医者を訪問してきましたが、今回は仕事の都合を付けて、うちのオッサンもついていきました。。。その日まで心配してなかったのではなく、
オランダ語も含めて、私を信用していたからということにしておこう。。。今度は同じ病院でも、アムステルダム市の東部にある大きな近代的な病院。Punctie (太めの注射器で細胞を摂取)したところです。


覚悟はしていましたが、アポの時間よりも30分ぐらい待たされてから問診する部屋に通されました。それぞれのドクター専用の個室はあるのでしょうが、その先生専用ではなく、向かい合って座れるようになっている事務机とコンピューター1台、診療ベッド、洗面台、壁に箱ごと貼付けられているいくつかのサイズの医療用手袋等がある、外科に付属するいくつかの小部屋といった感じの診察室です。

私の手術を担当してくれるのは、40代半ばから50歳ぐらいかと思われる白人男性。白髪や皺とかから、決して若造ではないことが分かるのだけれど、白衣の下は T シャツにジーンズ、もったいぶらない話し方から、白い巨塔で一派を従えている外科医というよりも、アウトドア好きが高じて専門店やガイドを始めてしまったさわやか万年青年といったところ。

「ドクター○○です。今度あなたの手術を担当することになりました」という自己紹介の後、彼が言ったのは「僕は外科で手術屋だから、切ったり縫ったりはするけれど、それ以外のことは聞かれてもわからないんだ。そして、その後はあなたのお医者さんの元に戻って、治療を続けてもらいますからね(ニコッ)」でした。その時は、面白いことを言うなあぐらいで、深く気に留めませんでしたが、このブログを書くにあたって思い返すと、なんて効果的なイントロなんでしょう!と、ますますこの外科医のプロの仕事人振りに拍手を送りたくなりました。

と、いうのも、病院サイドには「また来た」新しい手術患者とはいえ、ほとんどの患者は初めての経験となります。 これまで私も盲腸などで手術台には何度か寝っころがりましたが、甲状腺手術は初めてです。この説明で彼の役割を患者に明確に伝えるとともに、医者はみんなひっくるめて一つと考えがちな患者からの、専門外で答えられない質問に費やす時間をも、やんわりと牽制しているわけですね。彼の時間がもったいないからというよりも、無駄な時間を節約して、執刀外科医として彼しか出来ないことをこなしてもらった方が、病院や社会のためにはなるのですから効率的です。これも、職業的経験から来る知恵でしょうか。


そして、今回の手術の目的は「それ(見つかったグリグリ)がなんかよう分からんので、取り出して見てみるんだ」とのこと。取り出してみたグリグリの状況によって、2度目の手術が必要(全摘)となるか、投薬などの治療になるかという判断資料を提出するのが彼の役割で、具体的な治療法は内科医に委ねられるという連係プレー。手術屋と自分のことを称するのも、ヒトの体を隅々まで知っている自負があり、自分の職分に自信があるからでしょうね。そうでなければ、ぜったい爽やかではなく僻みっぽく聞こえるはず。

しんみりとすることもなく、「ショックだったろうけど、頑張ろうぜ」といった調子で、「ということで、じゃあ、手術はいつにする?(ニコッ)」という話になりました。部活の試合で負けた後に、ドンマイと励ます顧問の先生みたいなノリでしょうか。手術される身としては、いたいけな中学生部員と一緒で自力では計画できず、先生に全面的にすがるしかありませんけど(笑)。


自分で望んでオランダに住んでいない駐在員とその家族でなくても、毎年日本に「里帰り」する在蘭日本人の方も結構いらっしゃいます。お金がかかる以外にも、長時間のフライトが嫌いなので、用がなければ日本には行かんというのが基本ながら、私に輪をかけて加齢が加速している両親に顔を見せるのが、最近は、
(一部では来日と称されている)里帰りするメインの「用」になっております。昨年の夏に冬季の日本行き格安航空券が出た時点で、私が3週間、オッサンが1週間遅れて日本に行く計画を立てていたのです。

この相談をしていた日が11月30日の水曜日で、日本に出発するのが12月15日の木曜日。
「実は、近々日本に休暇に行くんですけど。。。」と言うと、
「別に今すぐどうこうっていう病状ではないので、休暇前にやっても休暇後にやっても、どっちでも構わないぐらいだよ」という返事。具体的な日にちを尋ねてから、「ちょっと待ってて。スケジュール見てくる」と部屋を出て行きました。

部屋に残されたオッサンと二人で顔を見合わせ、「と、いうことみたいやな」みたいな、完全消化できていない状況把握を感じていると、外科医が戻ってきました。

「来週の金曜日。12月9日。それでいける?(ニコッ)」

爽やかにニコッとされても、オッサンと私の頭の中で同時に行われたのは、15−9=6という計算式。「え〜〜〜〜っ、手術後6日で日本行きの飛行機に乗り込むんでっか! 日本行くには、直行でも12時間、乗り継ぎ含めたら1日がかりの移動やのに、大丈夫?」でした。

今回の手術は、腫瘍が小さいために、喉元にちょっと切れ目を入れて行われるもので、残る傷跡も4 cm 程度だそう。
喉をザックリ切るというのに、そこまでダメージは大きくないらしく、日帰り手術でさっさと家に返されます。再度「え〜〜〜〜っ!」。もし、腫瘍がもっと小さく1 cm 未満であったら、切ることもなく、穴をあけて済ませられたそうです。

とにかく、心配しながら日本で休暇を過ごすよりもましだろうということで、手術の予約を入れてもらいました。もし、術後の経過が思わしくなかったら、最悪の場合は休暇キャンセル。残念ではあるけれど、仕方がない。ここでも、最善と最悪のパターンを想定しながら、手術後、休暇中の仕事の調整と、いかにジジババに余計な心配をかけずに話を持っていくかに留意しながら、荷造りやお土産購入といった早まった出発の準備をいつも以上のバタバタと進めることになりました。。。手術の日には、ゆっくり寝られる〜!というのを楽しみにしながら。。。


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May 19, 2012

検査結果は悪性なり

別ブログ「アムステルダムだより」のノリで、「甲状腺癌確定の巻き〜!」などとタイトルを付けそうになってハッとしました。明るいことを書けば書くほど「無理している」、しんどくないと言えば「やせ我慢している」と思い込んで、私を可哀相な人にしたい人が多いみたいなのですけど、残念ながら、毎日バタバタと忙しく、楽しく生活しています。

実際に、毎朝寝ぼけたままホルモン剤を飲み込むのと、首の手術跡以外には、以前の生活とほぼ変わらず、周りにいる人も私が癌患者などということをすっかり忘れております。昨日も、風邪気味のオッサンにアロマオイルでマッサージをしておりました。ふと思い出して、
「なんで癌患者にマッサージさせるかなあ!」と文句を言っても、オッサンは都合の悪いことは聞こえない振り。。。本人が忘れているので、周りもそんなもんです。


さて、2011年11月23日の朝、前回おこなった Punctie (プンクチー。太めの注射器で細胞を摂取)後の細胞検査の結果を聞きに行きました。そうです、運河沿いの病院まで、七人の小人のおじいさん内科医の診察です。

検査の結果は、それまでのお医者さんの反応で、なんかそうちゃうかと思っていた通りの悪性でした。もちろんダメ押し感はありましたが、先週の検査の後に、甲状腺手術の先輩でもあるパポピに「甲状腺だけで死ぬ人は滅多におらん」とか、いろいろと情報を仕入れていたので、もとからギリギリの人数でやってる仕事のこととか、いろいろ手配しないといけないなあ、わーどうしようというのが先に立ちました。これまで腸閉塞と交通事故で2度死にかけ、次に何かあったら3度目の正直かと思っていましたが、今回はこれまでのような大ピーンチ!という突発事項ではないので、「部屋めっちゃくちゃやわ。片付けんとマズイ!」というのは思い浮かびませんでした(笑)。最近は、友人の収納アドバイザー 吉中直美さんのブログを読んで、
何かあっても困らないようにしようと思ってます。。。はい、思ってるだけで、なかなか実行できてませんが。。。


血液検査によるとホルモン値には異常がないようですが、私の甲状腺に出来ていたグリグリは悪性。前回の細胞採取という検査法も、よく考えれば癌細胞のど真ん中に大当たり!になるまで針を突き刺すわけにもいきませんから、
実際の進行状態を調べるためにも、まず第一段階として、今あるグリグリを取り除く手術をすることになりました。

その手術の結果によって、全摘になるか、そのまま様子を見るかなど、その後の治療方針も変わってくるとのこと。七人の小人のお医者さんが、サラサラサラと読みにくい手術依頼書を書き、「これで私の診察は終わりです。私の
アシスタントのところに行って、外科医とのアポを取ってもらってください。手術が終わったら、今度は私ではなくて xxxxx のドクターになりますので、彼とのアポも、今日、アシスタントが手配してくれます。それでは、気を落とさずに、お大事に」と握手をして、斜め向かいにあるアシスタントの部屋まで連れて行かれました。


アシスタントのおばちゃんは、七人の小人の先生に負けず劣らずというぐらいにやさしくて思いやりのある「良い人〜!」というのが滲み出ているタイプの人。それまでの会話からも、すっごい良い人だなあと思ってはいましたが、私が部屋に入った瞬間に、
癌宣告のことを暗に含んだ口調で「びっくりしたでしょう。大丈夫?」と、やさしく椅子を勧められました。

「え、何それ。なんであなたが知ってるのん?」と、一瞬ドキッとしましたが、よく考えたら彼女がカルテ等を用意したり、アポを取ったりするので、患者の状況を知っていて不思議なことではありません。それよりも、彼女にいたわられて初めて、私がいたわられるような状況にあるのだということを実感しました。それまでは、「わあ、癌やてぇ。大変やな。面倒くさいなあ。えらいことになってしもたな」という感情がほとんどで、この時に「私ってもしかして可哀相なん?いたわられるような立場になったん?」と改めて思ったのです。

そして、彼女が別な場所にある外科に電話をかけて、12月14日に最初のアポを取ってから、「先生に、これで良いか聞いて来るわね」と、部屋を出て行きました。帰ってきて一言「これでは遅過ぎるから、もっと早くだって」。。。え、遅過ぎるって、何なん????? ドキッ!

再度、外科にかけ直して、今度は1週間後の11月30日に、外科医とのアポが取れました。やろうと思ったら出来るやん!などと、普段から待たされて待たされて待たされて、その間に治るか死ぬかのどっちかだという冗談にされるオランダの医療機関に突っ込んでいる場合ではありません。オランダ、ユトレヒトの病院で乳癌の手術を受けた後、治療をしながらも東北大震災の支援グループを立ち上げて活躍されている尚子さんのブログにも書いてありますが、大したことがない人は待たされる裏には、緊急度の高い人の治療が優先されるという、オランダの効率主義が見られます。。。ということは、私、落ち着いてる場合ではないってこと!?


徐々に、えらいこっちゃなあという気分にはなってきましたが、インターネットやパポピの情報のお陰で、甲状腺癌は進行が遅く、今日明日に命がどうこうなるわけではないというのは分かっていたので、その足で出勤しました。出先からオフィスに戻ってきたオッサンに、「どうやった?」と聞かれたときも、その場に他の人もいたこともあり、「あとで説明する」と言って、結局家に帰ってから話しました。
人生を長くやってると、たいていのことは経験してきたというのが年の功でもあるけれど、ショックはショックだろうから、仕事中に話すのは止めておこうと思ったのです。オッサンにしたら、落ち着いて「あとで説明する」と言うぐらいだから大丈夫だったんだろうと思ってたらしく、動揺してない私に逆に度肝を抜いたようですが、出来たグリグリは出来てしまったもの、しゃあないもんはしゃあないですもんね。取り乱してない本人を前にして、ショックを受けたというより困った顔のオッサンになっておりました。


癌宣告されてだ
いぶ経って、この癌宣告の日の夜ベッドに入ってから1回、そのあとオッサンと話をしている時に2回、合計3回しか泣いてないなあと数えたことがあります。その3回とも、ワタシとっても可哀相とか、絶望にひしがれて。。。というわけではなく、日本にいる両親や、アンネフランクよりも8歳年上(!)という1920年生まれの最初の相方のお義母さんが聞いたらとってもショックを受けるだろうこと、これで死んだらもうオッサンやパポピの役に立てなくてごめんねえと思ったら、どうしてもこらえきれずに涙が出てきました。

最初の相方を亡くした時に、泣いても泣いても涙は涸れないことと同時に、後に残された人がどれだけしてあげられなかったことを悔やむのかを経験しました。だから、私が先に逝くことによってどれだけの人の心を傷つけるのかと思うと、申し訳なくて仕方がなかったのです。この時の経験が、
後悔しないように生きようという言動になっているのだろうし、ブログや日々の言葉で、私の周り人たちに、毎日楽しく生きてるから、私が死ぬ時にはあなたが悔やむことはないよということを伝えたいのかも知れません。そしてそれが、私に東北大震災の被災者支援、オランダからチューリップを送る活動をする気にもさせたのだろうとも思います。


七人の小人の先生が説明したときには聞き取れずに、外科手術のあとに私がかかることになるドクターの名前と一緒に書いてある単語を後で調べたら、 Endocrihinoloog (内分泌学医)とのこと。Endocrinologie (エンドクリノロヒー。内分泌学)なんて単語、今まで18年の間にオランダで、見たことも聞いたこともなかったですが、よく考えると日本語でも何をするお医者さんなのかがよく分からないことが判明。世の中には知らないことがたくさんあるものだと妙に関心した私でありました。


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May 10, 2012

七人の小人の内科の先生

さてさて、前回の記事から少し間があいてしまいましたが、体調の方は相変わらず元気な一般人ぐらいのパワーでしょうか。疲れすぎないように注意しているぐらいで、普通に仕事をしてますし、元気なものです。2度目の手術から4ヶ月近く経って、たまに傷口がカユ~イのが気になるところ。オッサンには、「傷口が痒くなるのは治りかけてるからって言うよ」と喜ばれましたが、無意識に掻きむしらないようにしないと。。。という緊張感を密かに楽しんでおります。


ホームドクターから、私の診療は病院の内科医にバトンタッチされました。アポを取った11月16日の午前中、運河沿いの病院に向かうと、担当したのは思慮深くて優しそうなおじいさん先生でした。優しそうというのは人当たりだけでなく、患者さんのことを親身になって考えてくれてる、というのが話していて伝わってくるようなお医者さん。この日のショッキングな宣告とは別に、人間として素晴らしい徳を持ったお医者さんに巡りあえたことに嬉しくなったぐらいです。(でも、私の頭の中で彼の姿は思いっきり「白雪姫と七人の小人」の白ヒゲの小人先生、ドックとして変換されているので、実は今、彼の顔を思い出せなかったりします。笑)


エコー撮影の際に、エコー技師の口から初めて甲状腺という単語を聞いてから、いろいろとインターネットで調べておいたので、初対面のお医者さんがオランダ語で言っていることもよく理解できました。。。と、いうより、予備知識がなかったら、日本語でもちんぷんかんぷんなところが多かったかも。それぐらい今まで縁のない話でしたから。

この七人の小人のお医者さんは机の反対側に座って、「これまでの血液検査やエコーの結果、甲状腺乳頭癌(こうじょうせんにゅうとうがん。 papillaire schildklierkanker )の疑いが大変強いです」と静かな口調で検査結果を伝えました。

ここで映画やドラマなら、癌宣告された患者が泣き崩れたり、二段構えのクローズアップがくるところでしょうが、下調べでの予備知識があったことや、もともとフテブテしい。。。いえ肝の据わってる性格のためか、「はあ、そうですか」という落ち着いた反応となりました。びっくりはしたけれど人生で一番大きなショックでもなかったし、「そうか~、そうなんか。それはしゃあないなあ。。。ぐらいで、なんでそんな感想しか思い浮かばんねん自分。可愛げないなあ」とか頭の中で一人ボケ突っ込みしておりました。でも、そんなことは他人には分かりません。お医者さんにしてみたら、私がオランダ語を理解してないために反応がないと理解したのか、もっとゆっくり説明しようとし始めました。お医者さんには、「大丈夫です。話は理解できてます」と答えて、最初の彼を喉頭癌で亡くしたこと、それ以来、いかにして生きるかを意識してきたから、発癌で自分の人生が終わったと悲観していないことを話しました。

誰でもいつかは死にます。そして、死んでないだけで生きていない人が、残念ながら世の中には多いのです。そういう人に出会うたびに、とっても残念に思いながらも、私はいつピリオドを打たれても後悔だけはしないように生きたいと思い、実践してきました。誰になんと言われようと思われようと、私がしたいことをしているのは、「亡くなった彼にああしてあげれば良かった」という後悔を、自分だけでなく、周りの人にも繰り返してほしくないからです。正直なところ、少しホッともしました。もうゴールが見えかけたから、やみくもに突き進む必要はないんだと、肩の力が抜けたような感じでしょうか。


七人の小人の先生は、もしこのグリグリが悪性だった場合、これからどんな治療が行われるかの大まかな流れを、最後まで私という患者を中心に見据えて、静かに説明をしてくれました。そして、本当にその通りにはなったんですが、この時の説明内容と、先生がもたらした「任せてもいいのだ」という安心感は、本当にそれ以降の治療にたいする不安を取り除く効果があったと思います。

診療後は、アシスタントのところで次回の内科のアポを取り、その足で、同じ病院の別な部署に向かいました。病院は同じでも、そこは市内の別な場所にあるので、内科でもらった検査依頼書を持ってトレム(路面電車)で移動。

大きな病院の案内表示を見ながら、探検しながらエレベーターで着いた先は病理学科( Pathlogie 。Pathloog  とか病理学とか、今まで聞いたことはあるけど、このブログを書くにあたって初めて何をするところかが知った次第。。。)


病理学科の受付で Punctie 検査の依頼書を見せると、しばらくお待ちくださいと、半分廊下みたいな部屋の椅子に座って待つように言われました。仕事中で連絡のつかなかったオッサンに、とりあえず経過を SMS で入れとこうと携帯電話をいじくっていると、私の名前が呼ばれました。

この Punctie (プンクチー)というオランダ語が、日本語の医療用語でなんというのかよく分かりませんが、要するに太目の針を突き刺して、検査対象となる細胞をちょびっと採取するというもの。日本の狭いビジネスホテルのシングルルームのような細長い部屋に案内されました。私を案内した小柄な看護婦のお姉さんと二人で居ても狭いのに、なんと後から入ってきた病理学士のニイちゃんは、177 cm の私でも見上げるような大男。一気にシングルルームが、押入れぐらいの大きさとなりました(笑)。

依頼書にある名前を見て「日本人?」と聞いてきた病理学士のニイちゃんは、私を診療ベッドに寝転ぶように指示しながら、学生時代に友達と二人で日本に行ったことがあるんだと嬉しそうに話してくれました。こんなデカイ金髪の若い衆は、日本でさぞかし目立ったであろうなあと想像しながら「日本国内の移動は JR パスを使ったの?」とたずねたら、「お金がなかったから、シベリア鉄道を使って日本まで行って、日本国内はヒッチハイクした」とのこと。「ええ~!ようアンタ、怖がられへんかってんねえ。それにちゃんと車の中には納まったん?」というのをぐっと堪えて、喉もとの甲状腺がある辺りを、左右1回ずつ針で刺されました。検査結果は内科医に送られるということで、ここでは注射跡に脱脂綿を貼られてお終い。この雲つくようなニイちゃんに「治療頑張ってね」と声援されて、少し遅れて出勤しました。


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April 22, 2012

再度ホームドクター訪問

前回の採血から2日後の10月26日に、通勤途中にちょっと迂回する形で、これまた運河沿いの病院まで、エコーを撮ってもらいにいきました。この病院には、定期的というか忘れた頃に思い出したように行く子宮筋腫の検診でお世話になっています。私は患者としてすでに登録されているので、エコー技師のお兄ちゃん先生がコンピューターのキーボードを叩くと、ホームドクターから依頼された検査内容が出てきた模様。未だにオールドファッションな「紙挟み」状のカルテも併用されているとはいえ、いろんなところが IT 化されていることにびっくり。

私のホームドクターは、この病院と提携(?)している外部の組織ですが、病院内では、それぞれの権限の範囲内で、医療関係者が患者の病歴などを即座にコンピューターで見られるようになっているのです。ファイルごとカルテ本体を入手する時間と手続き、患者によっては相当分厚いカルテの中の欲しい情報を探す手間を考えたら、ものすごい合理化ですよね。「医者が書いたような」というのが、オランダで悪筆や難解な文字を書く人を形容する言い回しになっているぐらいですから、解読する時間も節約できるかも(笑)。


このお兄ちゃん技師が、ざざっとコンピューターの画面を読んで、「甲状腺のところにしこりがあるようですね。見てみましょう」と言いました。このときに初めて、 Schildklier(甲状腺)という単語が使われました。甲状腺って。。。パポピと一緒やん!と思い、いろいろ疑問がわきましたが、このエコー技師のお兄ちゃんはエコーで体の中身を調べるのが仕事で、各疾病に関する細かい質問をしても分からないと言われるのがオチ。おとなしく診察台に寝転んで、のどの辺りのエコー撮影をしてもらい、またまた徒歩で出勤しました。


前回の訪問からちょうど1週間経った11月2日の水曜日、血液検査とエコーの結果を聞きに、ホームドクターを再び訪問しました。

ホームドクター氏は、いつも通りに待合室まで私を呼びにきて、にこやかにハローと握手。一緒に6歩ぐらいで着く診察室まで歩いて、机を挟んで向かい合わせに座りました。


「さて、血液検査とかの結果が来てるはずだね。。。」と、私からは見えない位置の画面を読みながら、甲状腺に小さな腫瘍が出来ていることが、エコーで確認できたと告げました。こんなに小さいのによく分かったね、と。

そして「ホームドクターズガイド」とかいうアンチョコかどうか分かりませんが、辞典のようなものを少し調べてから、「えっと、そのグリグリがなんであるか、わからないことにはどうしようもないですからね」と言って、その辺をバタバタひっくり返して探し物をしはじめました。

何をするわけでも無いので、バタバタしてる先生をじっと見ていたら、「うーん、最近、この手の手続きをしてないから、うーん、どこに連絡すればいいのかとかが、すぐにわからない。えーと、そのへんをちゃんと調べてから、あとで電話で連絡しても良いかな?」とのこと。え?

「良いかな?も何も、どうするか決めるのは先生ではないの?????」と思いながら、「
この人、ホンマに真面目でかわいーわぁ」などと、そこまで事態を深刻に受け止めていませんでした。エラソウぶらない真面目な人が、分からないことにぶつかってオドオドしたら、逆に患者が不安になってしまうではないの〜ぐらいにしか考えませんでしたが、この時の検査結果では、すでに甲状腺乳頭癌の疑いが浮かんでいた模様。なんて能天気なんでしょう私。。。というか、その時は私の検査結果が先生をオドオドさせていたとは、まったく考えてもみませんでした。


午後一番ぐらいで
私の携帯に、「ちゃんと調べたよ〜」というホームドクターからの電話がありました。採血などした運河沿いにある病院の、内科のアシスタントに電話をかけて、予約を入れるようにとのこと。020から始まるアムステルダムの市外局番がついた電話番号をもらいました。

病歴の保存のため、どういう治療がなされたかの報告はホームドクターのもとに送られるようになっていますが、治療に関しては、この時点で患者はホームドクターから専門医にバトンタッチされます。私の場合は、ホームドクターが診断かつ判断して、病院の
内科( Interne geneeskunde 
)に送られたわけです。こうなったら、もうホームドクターに連絡をとることはありません。治療だけでなく、心配なことがあったら直接かかりつけの病院の各科に、電話で問い合わせたり、診察の予約を入れることが出来るのです。


ホームドクターにもらった番号に電話をかけたら、11月16日に内科で予約が取れました。その日まで、普通に日常生活を送りながら、日本語とオランダ語で甲状腺腫瘍について、インターネットで情報を収集しておりました。今更ながら、インターネットは怖いぐらい便利ですね。自宅にいながら情報収集が出来るのは素晴らしいのですが、知らなければ知らないで済むような病気の存在まで知ってしまうのは、むやみに不安になる原因かも
(特に夜中!)。それは危ない、アブナイ!

なので、病状を調べるためのインターネットの利用法は、「最悪の場合を想定するため」ではなく、「医者の言うことがよく理解できるように」情報収集することに気持ちを集中させるのが大事だなあと思いました。だって、不安になっても現状が改善するわけでもないどころか、病は気から。具合が悪くなっても困りますからね〜。


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April 16, 2012

ホームドクター訪問

2011年10月24日、なかなかとれない左肩の痛みのために、ホームドクターのアポを取っていました。4月に遭った原チャリでの交通事故は、軽いものだったにも関わらず、左腕が体の真横から後ろにいかず、そのうち治るだろうと楽観して、カイロプラクティックにのみ通っていたのです。それでも左肩の痛みもなくならないので、どーしましょー?という感じでした。


< ホームドクターって? >
オランダに来た日本人が、まずぶち当たる壁の一つにホームドクター制があるでしょう。オランダ語では huisarts (ハウスアルツ)と言い、 huis と arts がそれぞれ、英語の「ホーム」「ドクター」にあたります。 EHBO (エーハーベーオー)と呼ばれる救急以外に、具合が悪いからとかいう理由で町中の病院に直接行って、診てもらうということはできないようになっているのです。

具合が悪くなったり、心配なことがあったら、まずかかりつけの医院にアポを取ります。ピピポ姉など、「ホームドクターのアポを待ってるうちに治るから行かへん」と言うぐらい、まずちょっと具合が悪いからといって、その日のうちに見てもらえることはほとんどありません。これは人口が密集してるアムステルダムだからなのかもしれませんが、それで困らないのかというと。。。まずは
体を休める、いたわることで回復することも多いものです。すぐに病院に行って注射や点滴といった薬で一時的に症状を抑え、働き続けて取り返しのつかないことになるよりも良いのではないかと私は思います。それに、骨を折ったり、意識不明になったりという、まさしく緊急事態の場合は、救急車を呼んだり、前述の EHBO (病院の救急)に駆け込めばいいのですから。

ホームドクターは、体に異常がなくても、事前に登録しておきます。緊急時に往診が出来ることも重要ですから、自宅の近所となります。また、近くて評判の良い先生を見つけても、登録者が多過ぎるから新規は受け入れないという場合もあるので、具合が悪くなってから探すのでは遅過ぎるので要注意。


さてさて、私のホームドクターは、気が弱そうなという形容詞の方がぴったりなぐらいの、30代後半ぐらいの優しい男性です。診察室には、いかにもオランダのガキんちょがバケーションに来てます!という小学生ぐらいの息子と娘が、写真立ての中で笑っていたりします。

滅多に医者に行かない私なので、
数えるほどしか会っていないにも関わらず、最初の出会いがあまりに強烈だったため、いつも「いやあ、あの時は。。。」と話を切りだされるのでありました。。。そりゃあ、
彼が同僚と二人で、うちの近所にクリニックを開いてからすぐ、トラックに轢かれたから見に来てくださいと言われたんですから、さぞかしびっくりしたことでしょう。もちろん、その時は救急車で病院に運ばれ、右のかかとの縫合や、くるぶしに入ったヒビのためのギプスといった処置をされた後でしたが、お尻から太ももにかけて、太いタイヤの跡がくっきりプリントされてたりしましたし。でも、交通事故に遭ったことよりも、トラックに轢かれてその程度で済んだことの方が、よほどキョーレツだったのかも(笑)。


左肩の痛みについては、炎症を抑える注射を打って、その後はお決まりの「それでもう少し様子をみましょう」ということになりましたが、私の後ろにまわって首のグリグリを触診して、「あっ、ここに何かあるね」と言って、しばし思案顔。「とりあえず、血液検査とエコーを撮ってみましょう。そのグリグリがなんであるかわからないことには、どうしようもないですからね」とのこと。これは、ホームドクターが発する定番の回答のひとつ。なので、この時には別に一大事!という危機感はなし。


分業が進んで、ネットワークでそれぞれの専門を結んでいるオランダの医療機関は、ホームドクターがまず最初の窓口となり、その場で出来る簡単な治療(今回の場合は、左肩への注射)を行い、薬の処方箋を発行したり、検査依頼書や専門医への紹介状を書きます。

薬の処方箋が出れば、それを持って、これまた登録している近所の薬局に行って薬をもらいます。保険が効くものであれば、この場でも保険のパスの提示だけで、支払いは発生しません。

また、血液検査やエコー、レントゲンといった、特殊な機械や解析が必要なものも、指定の病院や専門の機関に、ホームドクターからの紹介で行くことになります。血液検査はたいてい、採血依頼書を持ってアポ無しで、指定の採血センターや病院の採血部に行くシステムになっています。待合室に人が結構いても、看護士さんがどんどん採血していくので、そこまで長く待たされることはありませんでした。検査結果は、依頼した医師のもとに送られ、患者は後日、医師から説明を聞くことになります。

その他の機関へは、「ホームドクターの紹介状をもらいました」と自分で電話をかけて、指定の病院や専門医で、新規のアポをとります。これも、順番を待ってる人が多ければ、何週間から何ヶ月も待たされることがざらにあるのです。。。


血液検査の結果なども待たねばならないので、翌週の水曜日にホームドクターとのアポを入れ、その足で、指定された市内にある病院まで採血に向かいました。いいお天気だったからというわけではなく、ルート的に公共の交通機関よりも歩くのが早いので、運河沿いにテクテク歩いて行きました。

病院では、すぐに採血してもらえましたが、エコーは待ち時間が1時間以上とのことなので、2日後の10月26日の水曜日に予約を入れ、採血した後にあてがわれた脱脂綿をヒジのうちっかわに貼り付けたまま、仕事に向かいました。


 
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