May 27, 2012

外科医に一目惚れ!?

毎日の雑事をこなすだけでも、忙しくしていると、本当に1週間ぐらいはあっという間に過ぎてしまいます。半年後に振り返ると、新たな検査、違う科に訪問といった段階を、リグリが見つかってから、ほぼ一週間ごとにこなしていったような感じがします。

遠足とか早く着き過ぎたデートの待ち合わせといった、待っている間のプロセスが楽しめるモノでもない限り、待たされるのは嫌なものです。しかも病気に関わる検査の結果待ちというのは、高校や大学受験の発表待ちと並んで、やりきれないウェイティング、待ち時間ではないでしょうか。しかし、
サクラチルで人生の終わりのような衝撃を受けても、またなんとかなるもんです。逆に、天下を取ったような気持ちになるサクラサクの後でも、希望校に入ったら入ったでまた、楽しく大変な日々は続くのですが、怪我や病気となると、これまで通りであることが一番の望みですから、また別な種類のウェイティングですね。

検査の結果待ちや手術日までの期間は、考えないようにしても最悪な可能性の「もし」という仮定状況が頭に浮かびます。さすがに楽天的な私でも、たまに悲観的に考えるときがありますが、これまでの人生経験上、「最悪と最善のパターンを事前に想定しておけば、結果はたいていその間で収まる」という思考をするようになっているので、甲状腺癌発覚でも思い詰めることはありませんでした。最悪のパターンは死ぬことですが、道を歩いていて上から植木鉢が落ちてきて死ぬこともあるし、食べ物が喉に詰まって窒息死することもあります。そんなことはないと思ってるから、毎日平気で生活できるのであるし、そういうことを心配していたらノイローゼになってしまいます。死ぬときゃ死ぬんです。だからそれまでにどう生きるかの方が、私には重大なんです。


外科医との最初のアポは、11月30日。これまでずっと一人で医者を訪問してきましたが、今回は仕事の都合を付けて、うちのオッサンもついていきました。。。その日まで心配してなかったのではなく、
オランダ語も含めて、私を信用していたからということにしておこう。。。今度は同じ病院でも、アムステルダム市の東部にある大きな近代的な病院。Punctie (太めの注射器で細胞を摂取)したところです。


覚悟はしていましたが、アポの時間よりも30分ぐらい待たされてから問診する部屋に通されました。それぞれのドクター専用の個室はあるのでしょうが、その先生専用ではなく、向かい合って座れるようになっている事務机とコンピューター1台、診療ベッド、洗面台、壁に箱ごと貼付けられているいくつかのサイズの医療用手袋等がある、外科に付属するいくつかの小部屋といった感じの診察室です。

私の手術を担当してくれるのは、40代半ばから50歳ぐらいかと思われる白人男性。白髪や皺とかから、決して若造ではないことが分かるのだけれど、白衣の下は T シャツにジーンズ、もったいぶらない話し方から、白い巨塔で一派を従えている外科医というよりも、アウトドア好きが高じて専門店やガイドを始めてしまったさわやか万年青年といったところ。

「ドクター○○です。今度あなたの手術を担当することになりました」という自己紹介の後、彼が言ったのは「僕は外科で手術屋だから、切ったり縫ったりはするけれど、それ以外のことは聞かれてもわからないんだ。そして、その後はあなたのお医者さんの元に戻って、治療を続けてもらいますからね(ニコッ)」でした。その時は、面白いことを言うなあぐらいで、深く気に留めませんでしたが、このブログを書くにあたって思い返すと、なんて効果的なイントロなんでしょう!と、ますますこの外科医のプロの仕事人振りに拍手を送りたくなりました。

と、いうのも、病院サイドには「また来た」新しい手術患者とはいえ、ほとんどの患者は初めての経験となります。 これまで私も盲腸などで手術台には何度か寝っころがりましたが、甲状腺手術は初めてです。この説明で彼の役割を患者に明確に伝えるとともに、医者はみんなひっくるめて一つと考えがちな患者からの、専門外で答えられない質問に費やす時間をも、やんわりと牽制しているわけですね。彼の時間がもったいないからというよりも、無駄な時間を節約して、執刀外科医として彼しか出来ないことをこなしてもらった方が、病院や社会のためにはなるのですから効率的です。これも、職業的経験から来る知恵でしょうか。


そして、今回の手術の目的は「それ(見つかったグリグリ)がなんかよう分からんので、取り出して見てみるんだ」とのこと。取り出してみたグリグリの状況によって、2度目の手術が必要(全摘)となるか、投薬などの治療になるかという判断資料を提出するのが彼の役割で、具体的な治療法は内科医に委ねられるという連係プレー。手術屋と自分のことを称するのも、ヒトの体を隅々まで知っている自負があり、自分の職分に自信があるからでしょうね。そうでなければ、ぜったい爽やかではなく僻みっぽく聞こえるはず。

しんみりとすることもなく、「ショックだったろうけど、頑張ろうぜ」といった調子で、「ということで、じゃあ、手術はいつにする?(ニコッ)」という話になりました。部活の試合で負けた後に、ドンマイと励ます顧問の先生みたいなノリでしょうか。手術される身としては、いたいけな中学生部員と一緒で自力では計画できず、先生に全面的にすがるしかありませんけど(笑)。


自分で望んでオランダに住んでいない駐在員とその家族でなくても、毎年日本に「里帰り」する在蘭日本人の方も結構いらっしゃいます。お金がかかる以外にも、長時間のフライトが嫌いなので、用がなければ日本には行かんというのが基本ながら、私に輪をかけて加齢が加速している両親に顔を見せるのが、最近は、
(一部では来日と称されている)里帰りするメインの「用」になっております。昨年の夏に冬季の日本行き格安航空券が出た時点で、私が3週間、オッサンが1週間遅れて日本に行く計画を立てていたのです。

この相談をしていた日が11月30日の水曜日で、日本に出発するのが12月15日の木曜日。
「実は、近々日本に休暇に行くんですけど。。。」と言うと、
「別に今すぐどうこうっていう病状ではないので、休暇前にやっても休暇後にやっても、どっちでも構わないぐらいだよ」という返事。具体的な日にちを尋ねてから、「ちょっと待ってて。スケジュール見てくる」と部屋を出て行きました。

部屋に残されたオッサンと二人で顔を見合わせ、「と、いうことみたいやな」みたいな、完全消化できていない状況把握を感じていると、外科医が戻ってきました。

「来週の金曜日。12月9日。それでいける?(ニコッ)」

爽やかにニコッとされても、オッサンと私の頭の中で同時に行われたのは、15−9=6という計算式。「え〜〜〜〜っ、手術後6日で日本行きの飛行機に乗り込むんでっか! 日本行くには、直行でも12時間、乗り継ぎ含めたら1日がかりの移動やのに、大丈夫?」でした。

今回の手術は、腫瘍が小さいために、喉元にちょっと切れ目を入れて行われるもので、残る傷跡も4 cm 程度だそう。
喉をザックリ切るというのに、そこまでダメージは大きくないらしく、日帰り手術でさっさと家に返されます。再度「え〜〜〜〜っ!」。もし、腫瘍がもっと小さく1 cm 未満であったら、切ることもなく、穴をあけて済ませられたそうです。

とにかく、心配しながら日本で休暇を過ごすよりもましだろうということで、手術の予約を入れてもらいました。もし、術後の経過が思わしくなかったら、最悪の場合は休暇キャンセル。残念ではあるけれど、仕方がない。ここでも、最善と最悪のパターンを想定しながら、手術後、休暇中の仕事の調整と、いかにジジババに余計な心配をかけずに話を持っていくかに留意しながら、荷造りやお土産購入といった早まった出発の準備をいつも以上のバタバタと進めることになりました。。。手術の日には、ゆっくり寝られる〜!というのを楽しみにしながら。。。


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woneninams at 12:10│Comments(0)TrackBack(0)
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