May 19, 2012

検査結果は悪性なり

別ブログ「アムステルダムだより」のノリで、「甲状腺癌確定の巻き〜!」などとタイトルを付けそうになってハッとしました。明るいことを書けば書くほど「無理している」、しんどくないと言えば「やせ我慢している」と思い込んで、私を可哀相な人にしたい人が多いみたいなのですけど、残念ながら、毎日バタバタと忙しく、楽しく生活しています。

実際に、毎朝寝ぼけたままホルモン剤を飲み込むのと、首の手術跡以外には、以前の生活とほぼ変わらず、周りにいる人も私が癌患者などということをすっかり忘れております。昨日も、風邪気味のオッサンにアロマオイルでマッサージをしておりました。ふと思い出して、
「なんで癌患者にマッサージさせるかなあ!」と文句を言っても、オッサンは都合の悪いことは聞こえない振り。。。本人が忘れているので、周りもそんなもんです。


さて、2011年11月23日の朝、前回おこなった Punctie (プンクチー。太めの注射器で細胞を摂取)後の細胞検査の結果を聞きに行きました。そうです、運河沿いの病院まで、七人の小人のおじいさん内科医の診察です。

検査の結果は、それまでのお医者さんの反応で、なんかそうちゃうかと思っていた通りの悪性でした。もちろんダメ押し感はありましたが、先週の検査の後に、甲状腺手術の先輩でもあるパポピに「甲状腺だけで死ぬ人は滅多におらん」とか、いろいろと情報を仕入れていたので、もとからギリギリの人数でやってる仕事のこととか、いろいろ手配しないといけないなあ、わーどうしようというのが先に立ちました。これまで腸閉塞と交通事故で2度死にかけ、次に何かあったら3度目の正直かと思っていましたが、今回はこれまでのような大ピーンチ!という突発事項ではないので、「部屋めっちゃくちゃやわ。片付けんとマズイ!」というのは思い浮かびませんでした(笑)。最近は、友人の収納アドバイザー 吉中直美さんのブログを読んで、
何かあっても困らないようにしようと思ってます。。。はい、思ってるだけで、なかなか実行できてませんが。。。


血液検査によるとホルモン値には異常がないようですが、私の甲状腺に出来ていたグリグリは悪性。前回の細胞採取という検査法も、よく考えれば癌細胞のど真ん中に大当たり!になるまで針を突き刺すわけにもいきませんから、
実際の進行状態を調べるためにも、まず第一段階として、今あるグリグリを取り除く手術をすることになりました。

その手術の結果によって、全摘になるか、そのまま様子を見るかなど、その後の治療方針も変わってくるとのこと。七人の小人のお医者さんが、サラサラサラと読みにくい手術依頼書を書き、「これで私の診察は終わりです。私の
アシスタントのところに行って、外科医とのアポを取ってもらってください。手術が終わったら、今度は私ではなくて xxxxx のドクターになりますので、彼とのアポも、今日、アシスタントが手配してくれます。それでは、気を落とさずに、お大事に」と握手をして、斜め向かいにあるアシスタントの部屋まで連れて行かれました。


アシスタントのおばちゃんは、七人の小人の先生に負けず劣らずというぐらいにやさしくて思いやりのある「良い人〜!」というのが滲み出ているタイプの人。それまでの会話からも、すっごい良い人だなあと思ってはいましたが、私が部屋に入った瞬間に、
癌宣告のことを暗に含んだ口調で「びっくりしたでしょう。大丈夫?」と、やさしく椅子を勧められました。

「え、何それ。なんであなたが知ってるのん?」と、一瞬ドキッとしましたが、よく考えたら彼女がカルテ等を用意したり、アポを取ったりするので、患者の状況を知っていて不思議なことではありません。それよりも、彼女にいたわられて初めて、私がいたわられるような状況にあるのだということを実感しました。それまでは、「わあ、癌やてぇ。大変やな。面倒くさいなあ。えらいことになってしもたな」という感情がほとんどで、この時に「私ってもしかして可哀相なん?いたわられるような立場になったん?」と改めて思ったのです。

そして、彼女が別な場所にある外科に電話をかけて、12月14日に最初のアポを取ってから、「先生に、これで良いか聞いて来るわね」と、部屋を出て行きました。帰ってきて一言「これでは遅過ぎるから、もっと早くだって」。。。え、遅過ぎるって、何なん????? ドキッ!

再度、外科にかけ直して、今度は1週間後の11月30日に、外科医とのアポが取れました。やろうと思ったら出来るやん!などと、普段から待たされて待たされて待たされて、その間に治るか死ぬかのどっちかだという冗談にされるオランダの医療機関に突っ込んでいる場合ではありません。オランダ、ユトレヒトの病院で乳癌の手術を受けた後、治療をしながらも東北大震災の支援グループを立ち上げて活躍されている尚子さんのブログにも書いてありますが、大したことがない人は待たされる裏には、緊急度の高い人の治療が優先されるという、オランダの効率主義が見られます。。。ということは、私、落ち着いてる場合ではないってこと!?


徐々に、えらいこっちゃなあという気分にはなってきましたが、インターネットやパポピの情報のお陰で、甲状腺癌は進行が遅く、今日明日に命がどうこうなるわけではないというのは分かっていたので、その足で出勤しました。出先からオフィスに戻ってきたオッサンに、「どうやった?」と聞かれたときも、その場に他の人もいたこともあり、「あとで説明する」と言って、結局家に帰ってから話しました。
人生を長くやってると、たいていのことは経験してきたというのが年の功でもあるけれど、ショックはショックだろうから、仕事中に話すのは止めておこうと思ったのです。オッサンにしたら、落ち着いて「あとで説明する」と言うぐらいだから大丈夫だったんだろうと思ってたらしく、動揺してない私に逆に度肝を抜いたようですが、出来たグリグリは出来てしまったもの、しゃあないもんはしゃあないですもんね。取り乱してない本人を前にして、ショックを受けたというより困った顔のオッサンになっておりました。


癌宣告されてだ
いぶ経って、この癌宣告の日の夜ベッドに入ってから1回、そのあとオッサンと話をしている時に2回、合計3回しか泣いてないなあと数えたことがあります。その3回とも、ワタシとっても可哀相とか、絶望にひしがれて。。。というわけではなく、日本にいる両親や、アンネフランクよりも8歳年上(!)という1920年生まれの最初の相方のお義母さんが聞いたらとってもショックを受けるだろうこと、これで死んだらもうオッサンやパポピの役に立てなくてごめんねえと思ったら、どうしてもこらえきれずに涙が出てきました。

最初の相方を亡くした時に、泣いても泣いても涙は涸れないことと同時に、後に残された人がどれだけしてあげられなかったことを悔やむのかを経験しました。だから、私が先に逝くことによってどれだけの人の心を傷つけるのかと思うと、申し訳なくて仕方がなかったのです。この時の経験が、
後悔しないように生きようという言動になっているのだろうし、ブログや日々の言葉で、私の周り人たちに、毎日楽しく生きてるから、私が死ぬ時にはあなたが悔やむことはないよということを伝えたいのかも知れません。そしてそれが、私に東北大震災の被災者支援、オランダからチューリップを送る活動をする気にもさせたのだろうとも思います。


七人の小人の先生が説明したときには聞き取れずに、外科手術のあとに私がかかることになるドクターの名前と一緒に書いてある単語を後で調べたら、 Endocrihinoloog (内分泌学医)とのこと。Endocrinologie (エンドクリノロヒー。内分泌学)なんて単語、今まで18年の間にオランダで、見たことも聞いたこともなかったですが、よく考えると日本語でも何をするお医者さんなのかがよく分からないことが判明。世の中には知らないことがたくさんあるものだと妙に関心した私でありました。


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woneninams at 23:22│Comments(4)TrackBack(0)
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グリグリ発見から、癌確定まで | 患者ケイコの心境

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この記事へのコメント

1. Posted by naomi   May 22, 2012 20:37
私が何か出来たら良いのに…。
2. Posted by ケイコ@アムス   May 23, 2012 00:37
ほな、ねえちゃん、梅田の紀伊国屋の前で、ビキニ着て腹踊りしてもらおか~。

それしてくれたら、私、めっちゃ元気になるねんけどな~~~~~って、今でも十分元気やけど(爆)。
3. Posted by naomi   May 23, 2012 09:50
ほんま?それで元気になる?
ビキニ着たことないけど、チャレンジしてみようかな~。あっ、腹踊りの練習もしなアカンな(^^)!
4. Posted by ケイコ@アムス   May 23, 2012 17:07
希望を言えば、ウィンクさしたってな、お腹の顔。。。って、これ以上元気にさしてどないするねんっていうツッコミが入りそうや(爆)。

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